
1129_ymoi
@1129_ymoi
2026年3月8日
レシタティフ
トニ・モリスン,
ゼイディー・スミス,
篠森ゆりこ
読み終わった
小説を読むとき、どうしても頭の中にあるにあらゆるステレオタイプや偏見(それは一般的とか傾向とかとも呼ばれる)を総動員して読まざるを得ない。
というのも、読者が想像豊かに読んでしまうだけでなく、作者がそういった仄めかしをするからだ。たとえば名前や話し方で、属性や立場を言外に伝えたりする。それらはミステリーなどでは、意図的なミスリードをさせるためだったりもする。
そして、読者はそれ以上のことをしてしまう。作者も想像しなかった枝葉末節から、大胆な推理をしてしまう。
そういった読み方やストーリーテリングがいかに不安定で危険かを教えてくれる作品だと思う。
ただ、スミスの解説にあるように、そういった属性を全く排除すればいいというわけでなく、それはルーツや状況を誇らしく思ったり、愛おしく思ったりすることも間違いではないと思う。
危うさを意識することや、現実が複雑であることに関して無関心でなく注意深くなることは、決して払うべきコストではない、ということだと思う。