
ジクロロ
@jirowcrew
2026年3月10日

時間と他者
エマニュエル・レヴィナス,
原田佳彦
読んでる
自己同一性は、自己との無害な関係ではなく、自己束縛[自己を鎖で繋ぐこと]なのである。つまり、それはもっぱら自己に関わることの必然性である。始まりは、それ自身の重みで重いものとなる。それは存在の現在なのであって、夢の現在ではないのだ。自己同一性の自由は、その責任によって直ちに制限されるのである。これは自己同一性の最大の逆説である。つまり、自由な存在は、すでに自分自身に責任があるが故に、もはや自由ではないのだ。
(p.28)
朝の目覚めが、思考から始まるようになったのはいつからか。
もっぱら「自己同一性」に関する思考から始まる
朝は重たい。
月曜日の夜明けがしんどいのは、自己とそれに纏わる束縛が、時間の経過とともに脳を起点として、思考が身体に鎧うからではないか。
子どものころの、毎日生まれ変わっているような朝が懐かしい。
この文章を読み、なぜか反動的にそれを取り戻したいと思っている自分を感じる。
それもまた、レヴィナスの言うところの〈実存すること〉なのかもしれない。
その魔術にかかっているだけなのか。


