
reina
@dawn_39
2026年3月7日
針と糸
小川糸
読み終わった
「母から愛されなくても生きていけるという自信があった。」
目にした時、次の文章に進めなかった。
何回も読み直して、そして羨ましいと思った。
わたしはもう大人なのに、きっとまだ求めていて、抜け出せない。
母も、誰かに愛されたかったのだ、と、理解し受け入れる強さが、遠いものに思える。
今まで小川糸さんが避けていた話だからこそ、書きたくなかった話だからこそ、こんなにも胸に刺さる、強い文章になったのだなと感じた。
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「ペットシートや犬の服などが充実し、品質がいいのは日本だが、良質なフードがあるのはドイツだ。その違いは、人間が犬をどういう存在だと思っているかの違いでもあるような気がする。」
「母に癌があるとわかってから、私は、自分がこの人の親なのだと気持ちを切り替えた。
私はもう、母に愛情を求めてはいない。
母から愛されなくても生きていけるという自信があった。今は、ただ母という存在を丸ごと愛おしく感じる。愛情を受ける側から注ぐ側にまわったら、とても気が楽になった。
母も、誰かに愛されたかったのだと、今はそう思っている。」
「命がなくなったからといってその存在が無になるわけではなく、私の中ではむしろ、母という存在が色濃く浮かび、離れ離れになったというよりは、常に一緒にいて行動を共にしているような感覚なのだ。」
「自分自身が幸せを知らないのに、他の誰かを幸せにすることはできない。
私は、誰かを幸せにしようなんて考えること自体がすでに、傲慢なことだと思っている。
でも、自分が幸せになる延長線上に、誰かの幸せもあるのだとしたら、それはとてもいいことだと思う。」
「私にその意思さえあれば、ここで遊牧民として生きることだって、決して不可能ではないということ。
自分はそのくらい自由で、どこにでも住めるのだ、とはっきり自覚したのである。
自分をがんじがらめに縛っていたのは、他でもない、自分自身だったのだ。」
「自然には、それにふさわしい時間の流れというものが存在する。たとえば、植物の種が根を伸ばし、そこから芽を出し、花を咲かせるまでの時間。たとえば、味噌を仕込んで、それがおいしく熟成するまでの時間。それを無視して、いきなり花に明日咲くように命じたり、味噌をすぐ熟成させたりすることはできない。
もしそれをやろうとすると、人工的で不自然な力を加えなければ無理なわけで、それは自然の摂理に反する行いになってしまう。」
「人生には、思いもよらないところで、自分が選んだわけでもないのに、大変なことやつらいこと、受け入れ難いこと、ままならないことが起きてくる。
のほほんと生きているように見えても、人知れず、水の中では足をバタバタさせている。
そういう、避けては通れない人生の災難に出合った時、闇の世界にのみ込まれて絶望することも、希望を失わずに光の方へと顔を向けることも、両方できるのだ。」
「現状を嘆いて涙を流しても、何も解決しない。
でも、朗らかに健やかに日々を楽観的に過ごしていれば、自分の人生が、決して闇だけの世界で成り立っているのではないことに気づく。」
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