やえしたみえ "文体の舵をとれ" 2026年3月11日

文体の舵をとれ
文体の舵をとれ
アーシュラ・K・ル=グウィン,
大久保ゆう
私は海外文学育ち翻訳文体大好き人間なので、海外作家による小説指南本嬉しすぎる。同じ日本語でも「海外文学を一度翻訳した日本語」と「日本語ネイティブによる日本語」では全く違っていて、私は前者の雰囲気を愛しているし、自然に小説を書けば「この人海外文学に影響を受けてるな……」という雰囲気になる。故に後者を愛し後者を書きたい人向けの後者を書いてる人による指南本は、多分、どこか合わないところが出てくる。それに対してこの本は前書きからしてするする読める。読みやすすぎ。絶対自分に合ってるという確信が深まる。 昨日『書きあぐねている人のための小説入門』を読んで、こちらはテクニック批判的な文脈の話が多かったのだけれど(より正確に言えば、テクニックというのは勝手に出て来てしまうので、そこから自由になることを意識するべきって感じ多分)、文舵はテクニックを教えてくれる本である。テクニックを持って舵をとり、技巧によって芸術を作れという話である。この思想は両輪であって、どちらが欠けてもいけないと私は思う。 (保坂和志とル=グウィンは作風もジャンルも何もかも違うので本来比較するものではないが、自分の読書体験を深めるため、また自身の書くジャンルが幅広いために、あえて横断して思考している。) 結局のところ、知らずして抜け出ることはできない。晩年のピカソが『ようやく子供のような絵が描けるようになった。ここまで来るのに随分時間がかかったものだ』と言ったのは有名だろう。目が飛び出るほど絵が上手いピカソがこういうのだから、つまるところ、もう小説を書き始めている我々はテクニックの網に引っかかり溺れていて、そこから抜け出すには網が何で構成されているかを知らなければならない。いくら拙い作家でもそうなのだ。我々は子供になるために努力を要する。知識を得て、あえて切り落とす。あるいは、切り落とした不要な部位を、あえて入れてみる。そのためにこの本の実践的な教えはおそらく役立つだろう。 画像は一番最初の練習問題。全部やるぞ!
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