
不安定
@unstable_okyt
2026年3月11日
『百年の孤独』を代わりに読む
友田とん
読み終わった
この本の感想を言葉にするには少し時間がかかりそうなので、ひとまずは、読みながら付箋をつけた箇所を抜き書きしておく。
以下引用。
「読む」という行為が最初から脱線を孕んでいる…小説を読むと、そのあちこちで何かを思いついたり、思い出したりするものである。次から次へと思い出し、気づけば再び小説に意識は戻っている。(p.145)
スケールが小さいということは、こういう場合に不利だ。何しろシンプルでスケールの大きな話の方が信じられやすいからだ。しかし、本当は話のスケールが小さければ、小さいほど、事実に違いないのである。(p.252)
過去の記憶や思い出も整理しなくてはいけないのだろうか? …ときめきなどなくても、ただ哀しいだけの事実であっても、記憶しつづけるべきことがあるかもしれないではないか。(p.277)
適度な距離を置いて、読み飛ばしてこそ、近眼視的な態度では見えないものが見えたりするかもしれなかったし、それこそが本来の読むということかもしれなかった。一文字もサボらず読めばいいという考え方は甘えに過ぎない。(p.297)
記憶をたどり、思い返すことでさらに恋い焦がれる。すでにそこには存在しないものは、思い出すしかない。(p.319)



