🪩
@mn09
2026年3月12日
黄昏の岸 暁の天 十二国記
小野不由美
読み終わった
引き続き読み返しブーム
1番何度も読み返した巻で、唯一WH版と新潮版両方持ってる。
戴の重く辛い現実がありつつ、風の万里その後の陽子の王朝の様子が伺えたりオールスターの強キャラ勢揃いでワクワクする。何度読んでも面白い。
氾王の話もどこかで読めると良いなあ。
それと同時にハッとするような、人の芯をつくような言葉たち。
登極後2年も含めたかだか18歳の陽子が、恐らく年齢も上で長く生きている李斎に「人は自らを救うしかない、ということなんだ」と言うのが印象に残る。その達観した視点や格というか、王たる所以の理解の深さだし、本当にそうだとも思った。
天が神があるかどうかすらわからないが、もしあるなら人を救いもするがそれと同時に間違える。結局、自らしか自らを救えない。
前半にあった桓魋の「他人(第三者含め)の評価は内実を示す言葉ではない思い込みが一人歩きする。それゆえ自分と他人を比較することも、己の内実と他者の評価だから意味がない」という意味合いのものが、終盤浩瀚の言葉でも近い感じで出てくる。
浩瀚の方は平たくいうと、態度立ち居振る舞いはその人となりをあらわしている。常に人は人を見てるんだから、いかに振る舞い生きているかにかかっていてそれが信ずるにたれば助けるしそうでなければ情けや変な共感もいらない。
だから何だとはうまく整理できないけど、無闇に人が評価する誰かの評判と自分を比べることは意味がないけど、その「評価」は人がいつどこで見ていて評価をしているのか分からないし行動で判断される。もちろん評価は人の感覚にやるからコントロールはできずうまくいかないこともある。それでも自分がいつかどこかで何かあったとき味方を得たり助けてもらったりするためにもちゃんと(何がちゃんとかはさておき)自分の内実と向き合い行動せねばならない。と、思わされた。
ファンタジー要素や冒険もありつつ、自分との向き合い方、どうあるべきかを突きつけられるのだとこの歳になって読み返して改めて気づいた。響くポイントが変わってくる。
最後の六太と陽子のやりとりも良い。
人を助けることで自分が立てることもある。
それって、自分の中だけの話かと今まで思ってたけど、人から見たという意味でも同義(人を助ける自分を見て、人が助けてくれたり評価をしたりすることで結果立てるようになる)なのかもしれないとふと思った。