鷲津 "神の子どもたちはみな踊る" 2026年3月12日

鷲津
鷲津
@Washizu_m
2026年3月12日
神の子どもたちはみな踊る
『女「ゲリラが115名戦死というだけでは何もわからないわ。一人ひとりのことは何もわからないままよ。妻や子供がいたのか?芝居より映画の方が好きだったか?まるでわからない。ただ115人戦死というだけ」  ジャン=リュック・ゴダール「キチガイピエロ」』 昔この本には付箋が貼ってあった。自分の思いを書いた付箋を。ある時、その付箋が剥がれているのを見て、全ての付箋を剥がし、書かれていた文字を全て本に書き込んだ。この本が在る限り、ずっとその言葉が残るようにと 『この旅人はほんとうは死を求めている。それが自分にはふさわしい結末だと知っている。それにもかかわらず、彼は全力を尽くして闘わなくてはならない。生き残ることを目的として、圧倒的なるものを相手に闘わなくてはならないのだ。』 圧倒的なものと闘ってまで生きる意味とは何か?生き残った人間には、失った大切な人を記憶し続ける義務がある 『神が人を試せるのなら、どうして人が神を試してはいけないのだろう?』 人が神を試したところで、神は何も応えてくれない 『僕らの心は石ではないのです。石はいつか崩れ落ちるかもしれない。姿かたちを失うかもしれない。でも心は崩れません。僕らはそのかたちなきものを、善きものであれ、悪しきものであれ、どこまでも伝えあうことができるのです。』 心は崩れやすいもの。崩れていないか、いつも監視を怠ってはいけない。でもたとえ崩れても大丈夫。別に誰かに心を伝える義務なんてないのだから、自分の胸の中にしっかりと存在してさえいれば、また元に戻せる 『ドクター、お願いです。私にはそれ以上何も言ってはいけません。あの女が申し上げたように、夢をお待ちなさい。あなたのお気持ちはわかりますが、いったん言葉にしてしまうと、それは嘘になります。』 この言葉は真理 『僕と君とは友だちでいるべきなんだ。どちらかだけが与え、どちらかだけが与えられるというのは、本当の友だちのあり方ではない。僕は山を下りるよ、まさきちくん。新しい場所でもう一度自分をためしてみたい。またどこかで君に会えたら、そこでもう一度親友になろう。』 二度と会えなくなるなんて、そんなこと思いもしなかったし、想像も出来なかった。会えないことが、こんなにも自分を寂しくさせたことに自分でも驚いている。長い時間がかかったけど、ようやくこう思えるようになったよ。この世に居ようが、あの世に居ようが、親友であり続けることに変わりはないってね 本を読むこととは、必ずしも文章を読むことだけに囚われない。本に書き込んだ自分の文章を眺めて、大切な記憶を想い起こす。そんな本が一冊くらいあってもいいんじゃないかなぁ。親友に繋がる鍵、今年も本の余白に書き込む
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