

鷲津
@Washizu_m
これまで読書日記に記していた感想文を、少しずつ載せていきます。よろしくお願いします。
- 2026年3月29日
わたしの本棚『弟に絵を描く秘訣を訊くと、写生に際して多くの描き手が対象をちゃんと見ていない、と言った。目の前の花を見ずに、頭の中の花を描いているのだという。』 吉村萬壱の視座は、この一文に尽きると思う。彼は我々と同じ景色を見ながらも、直視し感じたままの言葉を紡ぐ。僕が彼に惹かれる理由はここにある 「クチュクチュバーン」以降、彼の著作は何冊か読んでいた。ちょっと変わったことを書く作家さん…そんなイメージしかなかった。その後に出会った「ボラード病」この本は衝撃的だった。目に映る情景をそのまま表現できる勇気を持った作家。そんな印象に変わった 『彼らを最も苦しめたのは、ひょっとすると、一定のストーリーを持った音だったのかも知れない。「みんなひとつに」「がんばろうニッポン」「絆」といったスローガンや、煽るような歌や音楽が、大切な人の発する微かな声や音を津波のように掻き消してしまうのではないか、そんな恐怖に脅えていた人々がいたかも知れないし、今もいるかも知れない。』 吉村萬壱の言葉には嘘偽りがない。誰もが内心思いながらも口には出さない心模様をストレートに書く。その言葉に、薄々気付きながらも我々が誤魔化して生きてきた何かを抉ってくる。真正面から投げつけられた生きた言葉には逃げ道がない 『水は力を加えられればどんな形にでもなり、千切れたり飛び散ったりする。(略)しかしどこからも力を加えられなければ、自らの力で鏡のように静かになる。心の水も同じかも知れない。』 吉村萬壱の小説には救いがない。不条理のままエンディングを迎える。でもこのエッセイには其処彼処に救いの言葉がある。彼独特の感性に最初は戸惑い、何度も読み返すと心の奥深くに届く言葉 昔僕を癒やしてくれた村上春樹訳の「神さましか知らない」それに匹敵する言葉が、このエッセイの最後にあった。全く違うニュアンス、厳しさだけど、この言葉がずっと頭から離れない 『真の祈りは届かない。 絶対者は何も応えてくれない。 この沈黙こそが、我々の祈りに天が応えてくれたということかも知れない。』 - 2026年3月28日
断片的なものの社会学岸政彦わたしの本棚編み物を始めて数年、今も不思議に思うことがあります。羊の細い糸を編むと、それが布になり、手間をかければ鮮やかな模様が浮かび上がる…思いもしなかったことが、目の前に拡がる 岸さんの語り口は誰かに似ている…ここまで出掛かっているのに、まだ誰か思い出せません。でもその語り口は頭に心にスッと入ってくる。何も押し付けることなく、身体に染み込む感じ 幾つものテーマが語られますが、「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」一節が妙に忘れられません 『だが、世界中で何事でもないような何事かが常に起きていて、そしてそれはすべて私たちの目の前にあり、いつでも触れることができる、ということそのものが、私の心をつかんで離さない。(中略) そして、だからこそ、この「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」語りは、美しいのだと思う。徹底的に世俗的で、徹底的に孤独で、徹底的に厖大なこのすばらしい語りたちの美しさは、一つひとつの語りが無意味であることによって可能になっているのである。』 世知辛い昨今、自分のことに精一杯で、他人に無関心になりがち…そう感じることが多々あります。人それぞれには物語があり、取るに足らない話であっても、何かを感じる。そういう感覚を忘れてはいけないなぁ、そう思うことも少なくありません 大袈裟に聞こえるかも知れませんが、編み物を始めて少し人生観が変わったことがあります 毛糸は眺めていても、一本の糸のままで何も変わりません。でも編むことで、それが布や柄へと新しい形に変わります 他者との関係も同じなのかも知れない。こちらから一目でも二目でも編むことで、全く違う関係を築くことも出来る、そんな風に思い始めています
- 2026年3月28日
- 2026年3月28日
おかしな本棚クラフト・エヴィング商會わたしの本棚『あるとき、どうも自分は本が好きなのではなくーーいや、もちろん本も好きなのですがーー本当に好きなものは本をおさめた本棚や本立ての方ではないかと気がついた。そこには本が並んでいるということ。一冊ではなく、二冊、三冊と背中を並べていること。その並びが、どんなふうに並んでいるのか、どの本とどの本が隣り合わせになっているのかーー。』 . こんな素敵な文章で始まる吉田浩美さんと吉田篤弘さんの本 ご夫婦の蔵書をテーマをつけて並べられた美しい本棚の写真がたくさん掲載されています . 私も本棚が好きという感覚は、とても共感出来るもので、家の本棚も作者別ではなくテーマ別で結構並んでいます。何故この本の隣にこの本を置いているのか、それは私しか知らない秘密。独立書店に行った時に棚の並びを見るのが好きなのも、店主の秘密を探りたい…そういうところにあるのかも知れません . 吉田さんに倣って、家の本棚の一部を紹介します . 「科学大好きの本棚」 . 『世界不思議百科』コリンウィルソン 関口篤訳 青土社 『ヴォイニッチ写本の謎』ゲリーケネディ ロブチャーチル 松田和也訳 青土社 『暗号解読』サイモンシン 青木薫訳 新潮社 『サイエンス・インポッシブル』ミチオカク 斉藤隆央訳 日本放送出版協会 『4%の宇宙』リチャードパネク 谷口義明訳 ソフトバンククリエイティブ 『ケプラー予想』ジョージGスピーロ 青木薫訳 新潮社 『宇宙の定数』ジョンDバロウ 松浦俊輔訳 青土社 『八匹の子豚 上下』スティーヴンジャイグールド 渡辺政隆訳 早川書房 『オリジン 上下』ダンブラウン 越前敏弥訳 角川書店 『アフターマン』ドゥーガルディクソン 今泉吉典訳 ダイヤモンド社 . 暗号、物理、宇宙、進化論、オカルト…非常に偏った本ばかりで誰も興味ないと思いますが、科学好きには堪らない本ばかりなんです。『オリジン』はエンターテイメント小説で科学書ではないと言われそうですが、小説に登場する科学者、ジェレミーイングランドは実在の方で、この方が提唱する「エントロピー仮説」ー生命の誕生に関する仮説ーは、唯一この小説でしか紹介されていないので、この本棚に並べています . 人それぞれ、人の数だけ本棚があると思います。皆さんの本棚のテーマも教えてくださいね
- 2026年3月28日
- 2026年3月27日
宮本武蔵(2)吉川英治わたしの本棚「私を構成する本」 父は本と音楽を好んだ人で、休日の度、幼い私はジャズを聴かされた記憶があります 子供の頃、父の本棚は私にとってキラキラ輝いた場所でした。内容は良く分からなかったけど、蔵書を読み漁った時期もありました 成長するにつれ、仕事漬けだった父と衝突することが多くなり、学生時代に家を飛び出し、その後実家に戻る事はありませんでした 父が他界した後、何かの折に実家に立ち寄る機会がありました。父の蔵書やレコードはとうの昔に処分され何も残っていなかったけど特に悲しみも湧いてきませんでした 母に促され渋々自分の本棚の整理を始めた時、そこでこの本が一冊だけ紛れ込んでいたのを見つけました。「宮本武蔵」全六巻のうち、第二巻だけ 懐かしさの余り、本を手に取ってページをめくると、永らく封印していた幼い頃の記憶が溢れ出してきました。楽しかったこと、悲しかったことも。気がつくと、ひとり本棚の前で立ち尽くしていました 今この本は、自宅の本棚にあります。私の宮本武蔵はいつまでたっても巌流島には行けず、又八とつるんだり、おばばに追いかけまわされる未熟者ですが、本棚にある蔵書の中で、一番癒してくれる存在です 今は存在しない、子供の頃に憧れた本棚に繋がる魔法の鍵。この本を手にすると、幼かった自分に出会える...今となっては父が遺してくれた素敵なプレゼント
- 2026年3月27日
いちばんここに似合う人ミランダ・ジュライ,岸本佐知子わたしの本棚久しぶりに再読… ミランダの原点でもある短編集 普通ならフォーカスしない人々を、ありのままに掬い上げるミランダ 誰しも心の中に秘めて他人には語らないこと、忘れたふりをして隠していることを、そのままストレートに描写している ミランダの表現は、万人受けしないだろうな…人によっては不快、不潔とも受け取られそう でもね、この短編を通してミランダが語りかける主題は『孤独』なの 誰しもふとした時に感じる…アレ だから、アレに共感できる方は、きっとミランダの語り口に、ホッとするもの、優しさみたいなものを感じ取れるかもしれないね - 2026年3月27日
ライ麦畑でつかまえてジェローム・デーヴィド・サリンジャーわたしの本棚頻繁ではないけど、若い時から何度となく読み返す一冊 読んで何かを思い出したいんじゃなく、自分の中にまだ少年のような気持ちが残っているのか確認したくなる時もあるじゃん、そんな感じ...そういう意味ではこの本はリトマス試験紙みたいなものなのかな きっと人それぞれに感想があるだろうし、同じ人でも読む年齢に応じて違う気持ちになると思うけど、最初から大人目線で読むと、青臭さが鼻について損するから、自然体で入り込む方がイイと思うよ 偉そうな講釈垂れときながら、ずっと前から野崎本はダメになって、春樹本で読んでることはナイショ 年相応に経験を重ねると処世術もそれなりに身に付いちゃうの。日々のIF~THEN~ELSEのロジックもこなれて、大抵のことは予定調和するんだよね、良くも悪くも。結局、面倒ごとは勘弁願いたいのが本音 その姿ってホールデンから見たら欺瞞だろうし、インチキと呼ばれるものなんだろうけど でもね、そんな大人達も、漫然とした気持ちを良しとしてる訳じゃなく、いつも頭の片隅では「このままでいいの?」「自分の気持ちに正直になったらどうだい」などなど、自問自答を繰り返してるんだよ。ずっと警告ブザーが鳴ってる感じで だから気持ち的には中坊と同じものをずっと持ち続けて生きてるの。たまに他人から見ればバカみたいなことを、一生懸命にやってハッチャけたりもしてみたりしてさ そしていつも心の何処かが渇いていて、孤独な気持ちが澱のように溜まっているのも若い時分と同じ。だから幾つになってもちゃんと誰かと繋がっていたいと切に思うんだ あれっ? 全然本の感想と関係ないこと書いてる...。 まあ大人だけど、たまには予定調和しなくてもイイよね - 2026年3月26日
タイタン野崎まどわたしの本棚社会は人が快適に暮らせるようにAIが全てを管理していた。そのAIの名前は「タイタン」 ある時、世界に12基あるタイタンのひとつの処理能力が低下し始めた。そこからこの物語は始まる う〜ん、大好きな世界観。AI vs 人類か…そんな想像をしていましたが、いやいや全く違って、強いて言えばAIのヒューマンドラマ。気になる方は是非 - 2026年3月26日
中国・アメリカ 謎SF小島敬太,柴田元幸わたしの本棚中国、アメリカの新しいSFを翻訳して出来上がったアンソロジー。7本の作品どれも謎めいている 「自分とはなんなのか。また、自分の意味はなんなのか。生命の意味はそこにあるのか。一つの生命が自分自身を探すのは必然のようなもの。だからわたしはあなたと一緒に行きたいの、これはわたし自身の探究なのよ」 〜『マーおばさん』〜 「やっとこれで、私たち二人がともに求めた孤独が私のものになったのよ」 〜『曖昧機械』〜 「あなたの血糖値はしきい値を下回っています。速やかに食べ物を摂取してください」 〜『焼肉プラネット』〜 「自分たちは果てのない夜に降りてきたのだ。自分の心配は、夜が永遠に続くことというよりは、やって来る昼がないことなのだとルビーは実感した。」 〜『深海巨大症』〜 「そのとき、ふと辰北の言葉が脳裏をよぎった。「エゴイズムが社会を前に進ませる原動力なんだ」指の力を抜き、試験管を握った手を離した。」 〜『改良人間』〜 「「僕の考えたこと、全部間違ってたね」アーネストが言う。わたしは答えない。彼も初めからわかっていたのだ。少ししてから彼は「あなたどうするの?」と訊く。わたしはまだ何も言わないが、わたしも初めからわかっていたんだと思う。」 〜『降下物』〜 「なあ、みんな、本当にこれが俺たち猫のさだめなのか? 俺たち、こんな運命に立ち向かおうと一度だって考えたことあるのかよ、ニャー!」 〜『猫が夜中に集まる理由』〜 - 2026年3月25日
- 2026年3月25日
ボタニカル・ライフいとうせいこうわたしの本棚特段草花に興味がある訳でもなく、知っている花の名前も少ない…でも面白いのです、この本 ドラマ「植物男子ベランダー」の原作。田口トモロヲさんが好きで、よく観てました 理由も無く庭に出て、草花を愛でたい衝動に襲われます - 2026年3月24日
- 2026年3月24日
パンドラの匣改版太宰治わたしの本棚『君はギリシャ神話のパンドラの匣という物語をご存じだろう。あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪慾、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の蟲が這い出し、空を覆ってぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなったが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽かに「希望」という字が書かれていたという話。』 兎角暗くてネガティブなイメージのある太宰ですが、これは太宰の中で一位二位を争うくらい、明るくて甘酸っぱいお話 それもあって、私の中では一番大好きで大切な小説です 初出は新聞連載。手紙形式の構成もあって、主人公の気持ちが妙に生々しく、あっという間に物語に引き込まれていきます タイトルの『パンドラの匣』大袈裟なタイトルのような気もしますが、読み終えると、不思議にこのタイトル以外、思いつかない…そんな奇妙な気持ちになります 閉塞感に包まれる、こんな今だからこそ読んで欲しい一冊。私が何故一番この小説が好きなのか…それは小説の最後の文章が好きだから 『この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。 「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当たるようです。」』
- 2026年3月23日
女のいない男たち村上春樹わたしの本棚「ドライブ・マイ・カー」 ちょっとした理由で、公開後もずっと遠ざけていたけど、つい最近観た「ドライブ・マイ・カー」。観る気持ちになったのは単なる気紛れだけど いい映画だった。西島くん好きだし、霧島れいかさんは気になる女優さんの1人。そうそう、前に観た『モダンラブ』で知った女の子、三浦透子さん。ミサキのイメージにピッタリでした 原作「木野」に出てくる言葉 『「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく」と木野は答えた。でもそれは本当ではない。少なくとも半分は嘘だ。おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。』 こんな思いを抱えて生きる人には、そこだけ時間が止まったように、抜けない棘による耐え難い痛みが永遠に続く 本当に過去と向き合いたいのなら、正しく傷つくことから始めなければならない…きっとそうなんだろう でも、失われたものはもう戻らない 冒頭のちょっとした理由、やはり映画の中に登場した 岡田くんの口から語られるセリフ、それは原作そのままで、私にとっては今でも重い言葉だった 『でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います』 - 2026年3月23日
フィッシュストーリー伊坂幸太郎わたしの本棚4つの小品からなる短編集 いつも通り、登場人物ギュンギュン繋がります 『動物園のエンジン』 夜の動物園で見かけた不審な男「永沢さん」。彼の不思議な行動を、主人公たちが追うお話 "俺も一人なんだ" このくだり素敵!伊藤くんの噂が聞けます 『サクリファイス』 伊坂作品で大好きなキャラ「黒澤」登場! ある村へ人探しに赴く「黒澤」。村の雰囲気が、金田一に出てきそうでワクワク 探しびとの消息は…「あんた、本当に九十歳か」のやりとりにクスッ! 表題作『フィッシュストーリー』 「僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに、鯨でさえ逃げ出すに違いない」この一節から話は始まる このフレーズ、昔あったバンドの曲の出だしで、なんとその曲には、間奏に1分間の無音部分があるという曰くつき。このプロット、音楽好きの心をくすぐります 幾つかのお話が続きます この間奏が無音だったおかげで、新たな出会いが始まるお話 次は正義の味方… 「礼なら、父に」瀬川さんのこのセリフ、イカす! 「人生の充実」が口癖の老夫婦との絡み…やるな、伊坂幸太郎(シャア風に) お次は、この曲を作ったバンドのお話 実はこの曲、バンドとしては最後のレコーディングなんですね〜。録音当日はノリで一発録り。でも間奏で急にボーカルの五郎が喋り出す。結局、録り直しはせず、無音にしちゃう。このくだりは何度読んでもジーンときます 締めは、正義の味方に助けられた橘麻美さん。橘さん、世界を救うんですね。その世界を救った橘さんが発する言葉「お礼は、その人のお父さんに」 やるな、ブライト…もとい伊坂幸太郎(2回目) 『ポテチ』 ここまでで十分長文なので、最後はサクッと。小説「ラッシュライフ」と、かなり絡んでます 「タッチ」を想像させるくだりは、お時間のため説明を割愛(笑) 「中村専務」....(爆)笑いを堪えきれない。でも、ラストは号泣(なんのこっちゃ) 伊坂作品を知らない人にはサッパリ?の感想ですね。途中から説明長いし...完全なる自己満。でも気にせず、このままアップ! 少しでも気になるという方は、いざ伊坂ワールドへ!ホントに、"おもしろい"(福山ガリレオ風) - 2026年3月22日
ひとりよがりのものさし坂田和實わたしの本棚時代を代表する目利きが選んだモノたち 人それぞれ感性が異なって、その人が選ぶモノも違うと思いますが、普遍的にいいなぁと万人に思わせる…そんなモノ、そんな基準がある気がします それは造形からくるものなのか、積み重ねた時間、歴史からくるものなのか、決して金銭では測れない、そんな絶対的な尺度があるんじゃないかと この本で紹介される品々を見ると、そういう思いが強くなります。上手く言葉では表現出来ない、感性に訴えかけるモノたち…それは確実に存在しています - 2026年3月22日
音楽は自由にする坂本龍一わたしの本棚僕が教授を知ったのは中学生の頃。ラジオ英会話講座を聴くふりをして、音楽番組を聴きかじっていたら、突然その曲が耳に届いた…「千のナイフ」。教授のファーストアルバムの1曲目 当時ギターを弾き始めた頃で、フォークミュージックにどっぷりだった僕は稲妻の衝撃の如く、曲の途中からカセットテープに録音したその曲を何度も何度も繰り返し聴いた。その後発売されたレコードも親に小遣いを前借りして買って、それこそ溝が擦り切れるほど聴いた。多分持ってるレコードの中で1番聴いたのがこのアルバムじゃないかなぁ(そのすぐ後にYMOのファーストアルバムも出たので、それは年玉を前借りすることになるんだけど) 思想的には教授に感化されることは一度もなかったけど、こと音楽的に関してだけは僕は教授に計り知れないほどの影響を受けている。洗練された音階、だけどどこかノスタルジーを感じる…今も自分が好む曲の基準は変わってない気がする 東風、ビハインド・ザ・マスク、戦メリ、ラストエンペラー、シェルタリング・スカイ…教授が遺した曲はこれからもずっと消えることがない 音楽を聴きはじめた多感な時期に教授に出会えたことは、とてもラッキーだと思う。そしてYMOのテクノサウンドが世界を席巻する様をリアルタイムで見ることが出来たことも 『あとがき』に書かれた文章が心に残る。これは教授に限らず程度の差はあれ、誰もが当てはまる言葉、そんな気がする 『ぼくはほんとうにラッキーかつ豊かな時間を過ごしてきたと思う。それを授けてくれたのは、まずは親であり、親の親でもあり、叔父や叔母でもあり、また出会ってきた師や友達であり、仕事を通して出会ったたくさんの人たち、そしてなんの因果か、ぼくの家族となってくれた者たちやパートナーだ。それらの人々が57年間、ぼくに与えてくれたエネルギーの総量は、ぼくの想像力をはるかに超えている。 (中略) 同時に、自分はなぜこの時代の、この日本と呼ばれる土地に生まれたのか、そこになんらかの意味があるのか、ないのか、単なる偶然なのか。子どものころからそんな問いが頭をかけめぐることがあるが、もちろん明確な答えに出くわしたことはない。死ぬまでこんなことを問うのか、それとも死ぬ前にはそんな問いさえ消えていってしまうのか。』 - 2026年3月21日
思いがけず利他中島岳志わたしの本棚第一章 業の力 落語は素人に等しい私でも、談志の落語論に引き込まれました。落語は業の肯定。単なる人情噺とは違う。談志が終生かけた演目「文七元結」の変遷は興味深いものでした 親鸞和尚の教えと絡ませ、利他の本質に迫ります。他力はすなわち仏の業、浄土の慈悲は他力の利他 『人間が行う利他的行為は、この他力が宿ったときに行われるものです。意思的な力(=自力)を超えてオートマティカルに行われるもの。止まらないもの。仕方がないもの。どうしようもないもの。あちら側からやってくる不可抗力なのです。』 第二章 やって来る -与格の構造 「主格」に対して「与格」、この文法表現は新鮮でした。主格構文で「私はうれしい」を、与格構文で言い換えると「私にうれしさが留まっている」 自分の行為や感情が、不可抗力によって作動する場合「与格」となる…「利他」は「与格」の状態で現れる 次に大好きな数学者ラマヌジャン、岡潔が出てきて、読みが止まらなくなりました 『数学と音楽が似ていると感じられる理由の一つとして、「論理」というものがいつも決まって「流れ」を構成する、そしてその流れとは優れて音楽的な流れとよく似たものであるということが挙げられる。』 この後も志村ふくみ、土井善晴、民藝へと話が進み「与格」のイメージが補強されていきます 章の最後では 『利他的になるためには、器のような存在になり、与格的主体を取り戻すことが必要であると私は思います。』 ここまで読み終えて、「利他」に対する長年抱えてきたモヤモヤ感に決着がつく…期待に胸を膨らませました 第三章 受け取ること 「利他」と「利己」の違いに関する記述が続きます。この章から少しソワソワした気持ちに変わりました 『利他が起動するのは「与えるとき」ではなく「受け取るとき」です。(略)自己が受け手になること、そのことによって利他を生み出すこと。これは前章で論じた「与格」の構造と通じています。受け手にとって大切なのは、「気づく」ことです。』 ここで、はたと読みが止まりました…違和感、全然違う演目を見せられている感覚 この後も受け取ることで起動する「利他」が補強されていきます…読み進めるほど違和感が大きくなっていく、この本は「利他」ではなく別の言葉について語っているのでは… 第四章 偶然と運命 自己責任論への批判、現生人類の生き残りと偶然性、そして「合理的利他主義」の否定.利他の根底には偶発性がある…この章に至る頃には全く共感できない自分がいました おわりに 『重要なのは、私たちが偶然を呼び込む器になることです。偶然そのものをコントロールすることはできません。しかし、偶然が宿る器になることは可能です。そして、この器にやって来るものが「利他」です。器に盛られた不定期の「利他」は、いずれ誰かの手に取られます。その受け手の潜在的な力が引き出されたとき、「利他」は姿を現し、起動し始めます。 このような世界観の中に生きることが、私は「利他」なのだと思います。』 この本で「利他」と呼ぶ言葉は「(仏の教え)救済」と読み替えた方が私にはしっくりきます。親鸞和尚の教えをベースにしてるのだから当たり前なのかも知れません 私にとって「利他」「利他的行動」は、以下の事象を指すと考えています 『サバンナで突然ライオンに遭遇した親子二人連れ。子を助けるため親は迷いなくその身をライオンに捧げる様』 『小説「容疑者xの献身」で石神がとった行動』 「利他」は与格ではなく、主格だからこそ現れる行動。純粋に愛するものを守るための行動。神や救済への想いなんてどこにも存在せず、ましてや与格的な誰かが受け取ることなんて、はなから考えていない行動 「利他」が難しいところは、その愛情の対象をどこまで広げられるか、そこに尽きるのではないかと思っています 本をディスるような内容になりましたが、「利他」の本質を知りたい、そんな私がこの本を読んだ感想を、正直にそのまま書き記しました - 2026年3月21日
京都 レトロモダン建物めぐり 増補改訂版片岡れいこ気になる
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