綾鷹
@ayataka
2026年3月12日
潮騒
三島由紀夫
古代の伝説が息づく伊勢湾の小島で、逞しく日焼けした海の若者新治は、目もとの涼しげな少女初江に出会う。にわかに騒ぎだす新治の心。星明りの浜、匂う潮の香、触れ合う唇。嵐の日、島の廃墟で二人きりになるのだが、みずみずしい肉体と恋の行方は――。
困難も不安も、眩しい太陽と海のきらめきに溶けこませ、恩寵的な世界を描いた三島文学の澄明な結晶。
近々鳥羽に行く予定があり、鳥羽の神島が舞台の小説を。
三島由紀夫の小説は初めてだが、驚くほどに爽やか。
勝手な思い込みで三島由紀夫は敬遠していたが、いい意味で裏切られた。。と思ったら、三島由紀夫の小説の中でも異質と言われているらしい。
非現実的な程の純粋さ、瑞々しい若さ。
島、海、景色の描写が美しくて、この島でならこんな純愛が成り立つのだろうかと思ってしまう。
身近にいるタイプではないのに、主人公に感情移入してしまう不思議。
初めて恋をしたときの初々しい感情を思い出すからだろうか。
他の三島由紀夫作品も読んでみたいと思った。
・新治はすこしも物を考えない少年だったが、この一つの名前は非常な難問のように、彼の心を思わせてやまなかった。名前をきくだけで頬がほてり胸が弾んだ。こうしてじっと坐っているだけなのに、はげしい労働の際にしか見られない変化が起ってくるのは、気味がわるい。彼は自分の頬に掌をあててみた。その熱い頬は他人の頬のような気がした。自分にわからないものの存在は彼の矜りを傷つけ、怒りは彼の頬を尚のこと真赤にした。
・『神様、どうか海が平穏で、漁獲はゆたかに、村はますます栄えてゆきますように!わたくしはまだ少年ですが、いつか一人前の漁師になって、海のこと、魚のこと、舟のこと、天候のこと、何事をも熟知し何事にも熟達した優れた者になれますように!やさしい母とまだ幼ない弟の上を識ってくださいますように!海女の季節には、海中の母の体を、どうかさまざまな危険からお護り下さいますように!......それから筋ちがいのお願いのようですが、いつかわたくしのような者にも、気立てのよい、美しい花嫁が授かりますように!.....たとえば宮田照吉のところへかえって来た娘のような・・・・・・』
風がわたって来て、松の様々ばさわいだ。社の暗い奥にまで、そのとき吹き入った風が森厳な響きを立てた。海神は若者の祈りを嘉納したように思われた。
新治は星空を仰いで、深い呼吸をした。そしてこう思った。
『こんな身勝手なお祈りをして、神様は俺に罰をお下しになったりしないだろうか』
・突然、初江が信治のほうを向いて笑うと、袂から小さな桃いろの貝殻を出して、彼に示した。
「これ、覚えとる?」
「覚えとる」
若者は美しい歯をあらわして微笑した。それから自分のシャツの胸のかくしから、小さなはつ江の写真を出して、許嫁に示した。
初江はそっと自分の写真に手をふれて、男に返した。
少女の目には矜りがうかんだ。自分の写真が新治を守ったと考えたのである。しかしそのとき若者は眉を聳やかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。