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2026年3月13日

小説家の小説家論
安岡章太郎
「作家の中に宿している“過去”にしろ”故郷“にしろ、また“母親”にしろ、そんなものはみんな作家の書いた作品の中にしかない。私たちがしなければならないのは、その作家の本をひらいて文章をすみずみまで読み返すことだ。百ぺん読み返しても、わからないものは、たしかにわからない。しかし、そうかといって、その作家の故郷に旅行して出掛けてみたり、作家が使って丸めて捨てた原稿用紙を後生大事にひろげてみたりしたって、作品を読んでわからなかったものが、そんなことで少しでもわかったりするワケがない。実地調査は事件の起った現場へ行ってみることだが、文学の現場は作品にきまっている。作家の書きつけた文章を一行ずつたどって、そこに作家が探しもとめた言葉を、こちらも何とか探り当てるより仕方がない。作品から離れた実地調査はムダというより、それは文学に名をかりた悪趣味に過ぎない。」
