おいしいごはん "日常的実践のポイエティーク" 2026年3月13日

日常的実践のポイエティーク
日常的実践のポイエティーク
ミシェル・ド・セルトー,
山田登世子
先ほどの本が読み終わったので重い腰をあげて読み進めている。 〜関係ない話も含めたもの〜 去年から引用することや援用することについてぼんやりと考えることが多い。先人の知見の上に立つ、といえば大事なことだと感じるものの、学説研究以外の研究における引用は本当に様々な意図のものがある(Garfield, 1965: 189; Harwood, 2009:501-510などでいくつか類型化されている)。 ド セルトーなどを読んでいていつも悩むのは、彼らの研究をどう受け入れようかということだ。もちろん、テーマや洞察は面白い。しかし、方法やデータに疑問を持たないとはいえないし、彼らの主張を正当化したり論を繋いだりするために引用されている研究や著作などがインパクトは強いものの根拠としては弱く感じてしまうものだったりすることもある。 繰り返すが、すごく面白い内容ではある。だからこそ、こういったものを安易に自分が引用してはいけないのではないかといつも悩む。
おいしいごはん
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@Palfa046
- Garfield, E. (1965). Can citation indexing be automated. Stevens, Mary Elizabet h eds. Statistical association methods for mechanized documentation, symposium proceedings, 269, 189-192. - Harwood, N. (2009). An interview-based study of the functions of citations in academic writing across two disciplines. Journal of pragmatics, 41, 3, 497-518.
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@Palfa046
p.31に統計についての指摘がある。 統計にそうした特性があるのはそうだと思うけれど、それを指摘するのであれば自然言語の翻訳・伝達の難しさにも注意したいところ。 “統計をもってしても、そんなことはほとんど何もわからない。それというのも統計は、これらの軌跡を構成している「語彙」単位を分類し、計算し、図表化するだけのことであり、しかも統計に固有のカテゴリーと分類法をもちいてそうするだけだからだ。だがそんなことをしたところで、軌跡のほうは、そうした語彙におさまりきれるものではない。(中略)こんな「重宝な気まぐれ仕事」といったしろものを、統計に即した単位に分割し、そうして分割して得た結果をみずからのコードにしたがって再構成してみたところで、統計調査が「見つけだす」のは、均質的なものだけである。統計調査は自己が属しているシステムを再生産するのであって、日常性のパッチワークを織りなす非均質的な操作や話の数々がどれほど繁殖してゆこうと、そんなものは自己の領域の外に放置しておく。統計の計算力はその分割能力にかかっているのだが、ほかならぬその分-析的な細分化のおかげで、統計は、自分が探知し表象にもたらしていると思いこんでいるものをとり逃がしてしまうのである。“
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@Palfa046
“ところが、事実はまったく逆で、読むという活動は、ことば無き沈黙の生産にそなわるありとあらゆる特徴をしめしている。その時ひとは、ページをよこぎって漂流し、旅をする目はおもむくままにテクストを変貌させ、ふとしたことばに誘われては、はたとある意味を思いうかべたり、なにか別の意味があるのではと思ってみたり、書かれた空間をところどころまたぎ越えては、つかの間の舞踏をおどる。けれども読者は蓄積するのに慣れていないから(書きとったり、「記録」したりするのでないかぎり)、過ぎゆく時の消滅から身をまもることができない(読みながらわれを忘れ、読んだものを忘れてしまう)。かれにできることはただ、読むのに「消えてしまった」時間の代用品(痕跡か約束)にすぎぬもの(本やイメージ)を買うことだけである。読者は、他者のテクストのなかに、快楽の策略、乗っ取りの策略をそっとはりめぐらすのだ。そこでかれは密猟をはたらき、もろともそこに身を移し、身体の発するノイズのように、複数の自分になる。策略、メタファー、組み合わせ、こうした生産はまた、記憶の「制作」でもある。それは、さまざまなことばを使って、封じこめられた沈黙の歴史に出口をあたえてやるのである。読みうるものは、記憶しうるものに変わる。こうしてバルトはスタンダールのテクストのなかでプルーストを読むのだ。“(p.37) この考え方はとても面白いと思った。読むや見る行為は消費者の特徴とも言える受動性を感じるが、実際はただ受け取るのではなく作り替えたり(あるいは得たテクストや記憶から)作り出す行為なのではないかという指摘。次のページにあるアパルトマンの喩えも分かりやすい。
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