n "知はいかにして「再発明」され..." 2026年3月13日

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@blue_27
2026年3月13日
知はいかにして「再発明」されたか
知はいかにして「再発明」されたか
リサ・ウォルヴァートン,
イアン・F・マクニーリー,
冨永星
「「情報時代」を華々しく推進しようとする人々は往々にして、知とは人間どうしをつなぐものであって決して情報を集めることではなかった、という事実を忘れてしまう。」 古代から人々は「知」を求めて活動してきたが、元々は自分のため、自分の周囲の人たちのため、安定した生活のためのものであった。 それが時を経て、社会情勢も変化し、次々と物事の摂理が明るみになっていくにつれ、できるだけ多くの情報を集めて精査し、結果を発信し、また別の人が情報としてそれを集めて、というようなサイクルが生まれた。 情報過多な時代に、その人自身が何を取り入れて蓄えていくかという選択が、とても重要になってくると改めて感じる。 少し想像していた内容と違ったけれど、知ることや学習について、別の視点からの気づきを得られた気がした。
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