知はいかにして「再発明」されたか
17件の記録
n@blue_272026年3月13日読み終わった読書メモ「「情報時代」を華々しく推進しようとする人々は往々にして、知とは人間どうしをつなぐものであって決して情報を集めることではなかった、という事実を忘れてしまう。」 古代から人々は「知」を求めて活動してきたが、元々は自分のため、自分の周囲の人たちのため、安定した生活のためのものであった。 それが時を経て、社会情勢も変化し、次々と物事の摂理が明るみになっていくにつれ、できるだけ多くの情報を集めて精査し、結果を発信し、また別の人が情報としてそれを集めて、というようなサイクルが生まれた。 情報過多な時代に、その人自身が何を取り入れて蓄えていくかという選択が、とても重要になってくると改めて感じる。 少し想像していた内容と違ったけれど、知ることや学習について、別の視点からの気づきを得られた気がした。
n@blue_272026年3月13日読んでる読書メモ「かくしてラヴォワジェは、たとえば古代人が分割不可能とした四大元素の一つである水が、実は「フロギストンを奪った空気」と「可燃性の空気」の燃焼によってできるということを証明するにあたって、イメージ喚起力はあっても曖昧な言葉を人工的だが正確な記述で置き換えるべく、これらの反応物に新たに「水素」と「酸素」という名前をつけた。」
n@blue_272026年3月8日読書メモコペルニクスの「天体の回転について」 発見当初は親戚や友人など周りの人々だけに口頭で伝えていたが、みんなのためにも考えを公にするように説き伏せられたとのこと。そのため、発見当初から40年ほど経ってからの出版となった。 今でこそ世紀の大発見に値するけど、当時はある学者の考えに過ぎなかったのかなぁ 書籍が印刷によって普及したことから、かえって信憑性が薄まり、個人が書いた手紙しか信用できないという状況も、現代に通ずるような全く異なるような、なんか不思議な感覚。
群青@mikanyama2026年2月3日買った積読中目次の項目だけで買う気になった。 読むのは追々。 丸善 丸の内本店で大英博物館のグッズを販売している。「ルイス島のチェス駒」栞があったから思わず。いいお値段だったわ。 ルイス島のチェス駒の実物を見たのはいつだっけ?と思って検索してみたら、2015年 東京都美術館で開催された展覧会だった。

120@1202026年1月24日読み終わった知がいかに権威化されていったかの歴史としても読める。 本書の最後に登場するインターネットは、権威化から一転して民主化の象徴のようにも見えるが、果たしてどうだろうか?






