よる
@woodchuck
2025年3月10日

箱の中のあなた
山川方夫,
日下三蔵
読み終わった
表題作を青空文庫で。
「夏の葬列」より私は好き。無駄が、ノイズがない。
カメラのなかで結晶する人形愛。さらにその愛らしい人形は男性というのがまたおもしろい。
カメラを覗いた女のこの描写、感性にはっとする。
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美しい、小さな世界だった。血のような夕陽に染りながらぽつんと一人の男が立ち、にこやかなポーズで笑っていた。旅行者は茜色の光にくっきり映え、その光は、ちょっとぐずぐずしていれば跡方なく消えてしまいそうに思えた。
まっすぐな鼻、薄い女のような唇、ひきしまった精悍な腰つき。……のしかかるような動物の圧力、圧倒的な恐怖そのものだったそれまでの「男性」は、どこかに消え、ガラス板の上に縮小され、定着された男は、いまは輪郭の明瞭な、小さな愛らしい一箇の人形となって、はじめて彼女は彼を所有することができていたのだった。うっとりと、彼女は飽かず眺めつづけた。それは、ゆるされた貴重な時間だった。
> こうでもしなければ、私は「彼」をとっくりと見ることもできない。全身が熱く燃えあがって、彼女は、胸がはやくもある期待にわななきはじめたのがわかった。
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