綾鷹 "この世にたやすい仕事はない" 2026年3月16日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年3月16日
この世にたやすい仕事はない
「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。 隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、おかきの袋の裏面の話題の企画、地域のポスター貼り替えとヒアリング、大きな公園で簡単な事務と地図作成...。 社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。 面白かった。ファンタジーなんだけど、どこかにありそうな仕事と、どこかにいそうな登場人物がたくさん。 主人公が真摯に向き合うから、どの仕事も面白そうに見えて、ずっと楽しんで読めた。主人公の冷静でユーモア溢れる視点も楽しい。 最後に近づくにつれて、主人公が前職を辞めた理由が分かってくるのだが、自分が仕事から離れたいと思っていた時期を思い出した。 好きな仕事だからこそ愛憎入れ混じって、苦しくなることもあるんだろうなぁ。 主人公が前の職種に戻る決意をしたシーンは私も嬉しくなったし、最後の言葉には勇気をもらった。 ・母親は、変なの、という感じで肩をすくめて、テレビに向き直る。私は、台所の隅に置かれてある母親のお菓子を備蓄している箱から、自分が言った三種類のおかきの袋を手に取って、自室に戻る。緑茶を淹れて、順番に食べると、やっぱりどれもおいしかった。 まったく妥当な感情じゃないことはわかっていたが、いろんな人に腹が立った。投書の藤子さんにも、社長にも、『ふじこさん』を取り上げたがる人にも、世の中のおかき消費者の人々にまで腹を立てた。見る目がないと思った。 今のあなたには、仕事と愛憎関係に陥ることはおすすめしません、という正門さんの言葉が、一瞬頭をよぎったけれども、違うってっ、と私の中のもう一人の部分が、荒々しく言い返した。 ・新たに博物館のロビーに追加されるというヘラジカとトナカイの実物大の剣製についての男性の司会者の説明を聞きながら、私はなぜか、『ケアの解体と再構築』という新書が、森の中の木の枝に引っ掛かっていた風景を思い出して、胃痛のようなものと軽い緊張を覚えていた。 そうだ、私は、森の中であの本を発見した時に、確かに緊張したのだ。不意に言い当てられたような気がしたのだ。こうやって森の中で時間を潰しているんだね、と。その後、菅井氏の前の職場に電話した時も、同じような心身の強張りを感じた。それは、自分があるいっとき、これに人生の長い時間を費やすのだ、と決めた仕事から、自ら手を引いて、目を背けようとしていたのに、同じ場所で今も仕事をしている人と出くわしたことの気まずさと、裏腹のうらやましさを含んでいた。 自分が大学卒業以来十数年続けた、最初の職種に戻る時が来たような感じがした。そうはいっても、こちらの都合だから、簡単に仕事が見つかるとは思わなかったが、とにかく、その周辺にでも帰っていくべきなのではないか。 ・私の進言どおり、菅井さんは私の後任として、小屋で働いているそうだ。公園内で半年以上 暮らしていたため、案内人としては申し分ないし、カートの運転も私よりうまいらしい。ただ、時間給での採用であるため、正社員の採用時期までに金銭的にきついな、ということになってきたら、また元の仕事に戻るだろう、と箱田さんが言っていた、と工藤さんから聞いた。箱田さんと青井さんは、帰る方向が一緒なので、何回か呑みに行ったそうだ。 それでええんやと思う、と箱田さんは付け加えたらしい。前におった人も、前の前におった人も、本筋の仕事でなんかあって公園に来た人みたいやったけど、この仕事で、まあ働けんね やな、と思って、そんでまた自分の仕事に戻ってったらええやん、と。 ・前の仕事から逃げ出したということがわかっている自分を雇ってくれるのはとてもありがたいが、申し訳ないようにも、怖いようにも感じる、と言っていた菅井さんに、私は打ち明けたのだった。自分も以前同じ仕事をしていて、ある時どうにもならなくなって、逃げるように仕事を辞めた、それからは紹介してもらうままに短期の仕事を転々としている、それはそれで悪くないけれども、自分もあなたのように家を出て、それまでとはまったく違う場所に迷い込んで生活をしている可能性もあった、と。 私たちがやっていた仕事だけではなく、どの人にも、肩じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う。たいの菅井さんは、喜びが大きいからこそ、無力感が自分を昔むこともたくさんあったように思います、その逆も、と言った。感謝の言葉すらいらず、悩みでつらそうな顔をしていたご本人やご家族が、少しだけ笑って建物を出て行ってくれるだけで良かった、難しい仕事だからこその職場の結束もあった、他の部署からの肩頼を感じることもあった、なのにこの疲労感は何だろう、と考えるようになりまして。 そしてその矢先に、応援していたクラブの降格に出くわした。そういうふとした陥築は、どこにでも日を開けているのだろうと思う。仕事や何やに没入して、それに費やす気持ちが多ければ多いほど、その数も多いのだろう。 でも、何か月も森の中でただ一人で暮らしてみて、自分が食べるためだけに一日中行動し、眠るという生活は、安らかでそんなに悪くはないけれども、物足りなくもあるんだな、と思うようになったという。 菅井さんは、指をうねうねと横に動かし、山と谷のようなものを描きながら、こういう状態を受け入れることや、難しい仕事にあえて取りかかることも、生きていることなんだなと思ったんです、と言った。そういう動作で生活の波乱を表わすことは、この人のくせなのだな、と私は思った。 それでも公園から帰る勇気はなかなか持てなかったから、見つけてもらえてよかった、しばらくはその恩返しをします、と青井さんは言った。菅井さんがそのまま小屋でずっと働き続けるのか、前の職種に戻るのかは、私にはわからなかったが、それはまだ予測できなくていいと思った。 ・またそれを受け入れる日が来たのだろう。どんな穴が待ちかまえているかはあずかり知れないけれども、だいたい何をしていたって、何が起こるかなんてわからないってことについては、短い期間に五つも仕事を転々としてよくわかった。ただ祈り、全力を尽くすだけだ。どうかうまくいきますように。
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