
たにこ
@chico75_11427
2026年3月17日
読み終わった
国際協力分野(ユネスコ等)からノンフィクション作家になった著者のエッセイ。
身近な家族から仕事先での思い出、過去の面白おかしい出来事など、色々詰まった本。
エッセイのタイトルが全て秀逸。
第六章の「未完成な人生に花束を」は、生き抜くことを考えさせられるような、心に響く文章だった。
出会えてよかったと思わせてくれた本でした。






たにこ
@chico75_11427
夢とは、ありふれているわりに不可解な存在である。眠っている間に見る「夢」と、人生の願望としての「夢」というふたつが、なぜ同じ言葉なのか。「私には夢がある」と演説したのはキング牧師だが、彼の国家レベルの未来図と私の布団の中で繰り広げられるドタバタ劇が、日本語でも英語でも、ましてやフランス語でも同じ言葉だとはミステリーだ。(P12)
今も、あの本の手触りは強烈に残っている。そうだ、あんな風に不意打ちで号泣してしまうような一冊に出合えるのならば、また本を持たずに旅をするのも悪くないのかも。しかし、まだその勇気は持てないままである。(P20)
それは、人間はもともと「変」で、誰ひとりとして同じ人はいないということだ。
マイノリティとか「多様性」とか、そんな言葉もメッセージもない昭和の時代、『うる星やつら』は、性別や生まれ、神様と妖怪、宇宙と地球の境目さえも大胆にまたぎながら、全ての「ヘンな人」を肯定し、既存の「普通」や「常識」、「当たり前」を否定し続けた。誰もがその人のままでいい。世の普通とは違うかもしれないけど、「ヘン」と「ヘン」を集めてもっと変になれば、世界はもっと優しくなる。そういうことが描かれていたと思う。(P63)
計画から実現までをつぶさに目撃した私は、しっかりと学んだ。コネがなくても、お金がなくても、自由なスピリットとやりたい気持ちさえあればたいていのことは実現できるのだと。(P76)
四九歳の私には、五〇代で「叶う夢もある」という言葉はストレートに響く。
まだまだ夢を見てもいいんですね、そうですよね。(P114)
「永久保存」を謳う<太陽の塔>だって永遠にあり続けるわけじゃない。人間であれ、ものであれ、私たちはいつか寿命を全うし、等しく消えていく。だからいまこの瞬間に、ぱっと炎を燃やしてみろと岡本は檄を飛ばし、私はまたあの頃と同じように、その通りだと納得してしまうのだ。そうだよね、どうせ私たちはみんな死んでしまうのだから。(P124)

たにこ
@chico75_11427
ホームレスの人が殺された事件や出産した赤ちゃんを遺棄した女性の話などを耳にするにつけ、本当はケアをされるべき人たちが、しかるべきケアを受けられなかった結果だと感じる。社会がもっと優しくあれば、起こらずにすんだであろう事件も多い。私たちはみな忙しいけれど、日常のなかでもできることはたくさんある。
宮崎駿さんは「理想を失わない現実主義者にならないといけないんです」と言ったらしいが、私も理想を抱く現実主義者でいたいから、この連載の最終回にも書いておこう。優しさが遠くまで伝播し、この日本と世界が誰にとっても優しい場所になりますように。(P214)
第六章 未完成な人生に花束を
一〇代の頃、「生きることと死ぬことは同じ」という言葉に出合った。そのときは意味がわからなかったのに、今はわかってしまう。人は生まれて死ぬ。その間に、星を探したり、泥水にはまったり、誰かを愛したり。そして最後は等しく眠りにつくのですね。(P215)