
うゆ
@otameshi_830
2026年3月17日
ゴドーを待ちながら
サミュエル・ベケット,
安堂信也
読み終わった
読んでいる間宇宙に独り放り出されたような感覚になる。
私たちの生そのものを見るようで終末後の世界を見るようで死後行場を失った彷徨える魂を見るようでひどく哀しくなってくるがその哀しさが私は厭わしくはないのだった。
これが劇のシナリオであるということも重要な要素と思えた。板の上の人物たちは一言一句違えず書かれたことを書かれたとおりに喋り、ト書きのとおりに動く。言語も身体も定められそこに自由はない。
…とはいえこれは戯曲を読むときに感じることであって、実際に上演されているのを観るとまた少し違って感じられる可能性もある。なぜならいくら細かく指定したところで、すべてを文字で指示することは出来ないから。何処かに必ず余白の部分は生まれてそこに演者の自由があるのかも。演じる人によって演出家によっても変わってくるだろうし。
だけど。その差異がなんだというのだろう?
初めてかもしれない、千回目かもしれない、同じことの繰り返しのわずかなヴァリアント。それすら無意味にも思えてくる。
ねえ、待ってる間、何をする?





