ゆずぽんず "コンビニ人間" 1900年1月1日

コンビニ人間
コンビニ人間
村田沙耶香
⚠️ネタバレ感想 「コンビニ人間」の前に「二木先生」を読了していたので、そちらと合わせたネタバレ感想となってます 「二木先生」も「コンビニ人間」もテーマとしては普通とは何か、ままならない自分をどう社会と折り合いをつけていくのかというものだと感じました。「二木先生」における主人公が、二木先生とのやりとりを通じてなにも学びがなかった・変化がなかった世界線の先が「コンビニ人間」における白羽のような人物像なのかなとも思いました。 二つの作品もテーマは近いものがありますが、田井中はとても感情的で湿度があるのに対し、「コンビニ人間」の古倉恵子はニュートラルかつ無機質で、不気味の谷のような気持ち悪さがあるように見えました 古倉恵子はニュートラルかつ無機質、他人を思いやったりするような感情的欠落があり一見すると非人間・ロボットのようです。しかし、一方で「コンビニ人間」の中で、社会の歯車として正常に機能している・店員として求められている、といった表現が繰り返し出てきます。 これは、社会に必要とされたい・社会から隔絶されたくはないという人間にとって普遍的な欲求の表れです。感情的欠落はありながらも、人間特有の欲求は備えている所が秀逸だなと。 私を含め誰もが一度、「周りとズレてる」と感じたことがあるのではないかと思います。 例えば、進学や就職で環境が変わり新たに人間関係を構築する時 例えば、三人で話していて2対1になってしまった時 例えば、久しぶりに実家帰省した親族の集まりでの疎外感 他にも様々な「ズレ」を感じる状況があると思います。 そんな時、ズレている事は経験則的にわかっていても、何がズレの根本なのかその正解はわからないことが多く解決は難しい。でも人間の社会に対する所属の欲求として、「私が今日ここに存在してもいい」という滞在許可証は欲してしまう苦しみ。現代の多くの悩みの核であると思いました。 本当は「普通」というのは存在せず、数多の人の「ズレ」が重なった一部分に見える蜃気楼のようなものではないか、と問われているような作品でした。 おそらく本作は、読んだ人の人生経験によって全く違う観点から感想が出てくるのではないかな、と思いました。他の方の感想を見るのが楽しみです。 非常に素晴らしい読書体験をさせていただきました!
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