
活字畑でつかまえて
@catcher-in-the-eye
2026年3月24日
ダンス・ダンス・ダンス(上)
村上春樹
読み終わった
20数年ぶりの再読。
当時、夢中に読んだ記憶があるが内容は忘れている。
250ページを過ぎると冗長的だなと思うようになる。これは「羊をめぐる冒険」では感じなかったことだ。具体的に言うと僕が映画「初恋」を繰り返し観に行き、五反田くんとキキのベッドシーンの執拗な描写がそう思わせる。
上巻を読み終え、うんおもしろいかな。
おそらくこの作品から村上春樹は物語について長編という器について、より深く考え自覚的になっていったんだろうな。
登場人物が多くなることでキャラクターの書き分けのむずかしさを感じた。
「僕は平均的な人間だとは言えないかもしれないが、でも変わった人間ではない。僕は僕なりにしごくまともな人間なのだ。とてもストレートだ。矢のごとストレートだ。僕は僕としてごく必然的に、ごく自然に存在している。それはもう自明の事実なので、他人が僕という存在をどう捉えたとしても僕はそれほど気にはしない。他人が僕をどのように見なそうと、それは僕には関係のない問題だった。それは僕の問題というよりはむしろ彼らの問題なのだ。」
村上春樹だなぁと思う。こういうところに憧れるんた。
「幸か不幸か一般的に物事というのは端っこに行けば行くほど、その質の差が目立たなくなってくる。」
これは面白いなぁ。ほんとそうだ。
クソはクソ。地獄は地獄。
「クリント•イーストウッドの出てくる西部劇だった。クリント•イーストウッドはただの一度も笑わなかった。微笑みさえしなかった。苦笑さえしなかった。僕が何度笑いかけてみても、彼は動じなかった。」素晴らしい。
「僕は誰とも結びついていない。それが僕の問題なのだ。」
「そして久し振りにじっと鏡の中の自分の顔を眺めた。大した発見はなかったし、別に勇気も湧いてこなかった。いつもの僕はの顔だった。」
おもしろい表現だなぁ。
「これといって取り出して見せることのできるものじゃないし、見せることのできるものは、そんなの大した傷じゃない」
村上先生!
「僕は彼女を見ながら、あの子と寝ようと思えば寝られたんだ、と思った。時々そういう風に自分を勇気づける必要があった。」
村上さんったら。
「それに僕は時々無意識に何かをじっと見つめすぎる傾向があるんだ。いろんなものをじっと見ちゃうんだ」
これすごく分かるなぁ。
羊男「戦争というのは必ずあるんだ。いつでも必ずある。ないということはないんだ。ないように見えても必ずある。人間というのはね、心底では殺しあうのが好きなんだ。そしてみんなで殺し疲れるまで殺しあうんだ。殺し疲れるとしばらく休む。それからまた殺しあいを始める。決まってるんだ。誰も信用できないし、何も変わらない。だからどうしようもないんだ。そういうのが嫌だったら別の世界に逃げるしかないんだよ。」
2026年現在、その通りになったよ羊男。
僕「ねぇ、何故僕のためにわざわざそんなことをするんだ?わざわざ僕一人のために?」
羊男「ここがあんたのための世界だからだよ。」と羊男は当然のことのように言った。「何も難しく考えることなんてないのさ。あんたが求めれば、それはあるんだよ。問題はね、ここがあんたのための場所だってことなんだよ。わかるかい?それを理解しなくちゃ駄目だよ。それは本当に特別なことなんだよ。」
セラピーとしての村上春樹。
ユキが音楽を聴くことについて
僕「みんなはそれを逃避と呼ぶ。でも別にそれはそれでいいんだ。僕の人生は僕のものだし、君の人生は君のものだ。何を求めるかさえはっきりしていれば、君は君の好きなように生きればいいんだ。人が何と言おうと知ったことじゃない。そんな奴らは大鰐に食われて死ねばいいんだ。僕は昔、君くらいの歳の時にそう考えていた。今でもやはりそう考えている。それはあるいは僕が人間的に成長していないからかもしれない。あるいは僕が恒久的に正しいのかもしれない。まだよくわからない。なかなか解答が出てこない。」
これぞ村上春樹の真骨頂。
「僕にとっての愛とは不器用な肉体を与えられた純粋な概念で、それは地下ケーブルやら電線やらをぐしゃぐしゃと通ってやっとの思いでどこかと結びついているものだった。すごく不完全なものなのだ。ときどき混線もする。番号もわからなくなる。間違い電話がかかってくることもある。でもそれは僕のせいではない。我々がこの肉体の中に存在している限り、永遠にそうなのだ。原理的にそうなのだ。」
五反田くん「ねぇ、女を呼ばないか?」
僕「僕は何でも構わないよ。君の好きにすればいい」
よく言われるが村上春樹の主人公の受動性。
たしかにこの受身は腹が立つ。
作中で〈僕〉が読んでいた本
ジャック•ロンドンの伝記
「ジャック•ロンドンの波瀾万丈の生涯に比べれば、僕の人生なんて樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうとと春をまっているリスみたいに平穏そのものに見えた。少なくとも一時的にはそういう気がした。伝記というのはそういうものなのだ。いったい何処の誰が平和にこともなく生きて死んでいった川崎市立図書館員の伝記を読むだろう?要するに我々は代償行為を求めているのだ。」
スペイン戦争についての本
フォークナー「響きと怒り」
エド•マクベインの87分署シリーズ
カフカ「審判」