
読書猫
@bookcat
2026年3月10日
文章は、「転」。
近藤康太郎
読み終わった
(本文抜粋)
“なにかを見る。聴く。心を動かされる。それは、生得的なことではない。多くは後天的、言い換えれば、環境や教育の成果だ。有り体に言えば、「練習」しているから、感じられるようになるのだ。感性は、鍛えた者だけが得られる、もうひとつの〝筋肉〟だ。”
“自分の、考えていること、感じていることを、文章に書くのではない。逆です。文章を書くことによって、自分の考えていたこと、感じていたことを知る。”
“よく、見る。
それは、「よく、生きる」ことと、ほとんど同義です。”
“人は文章を書くとき、悲しみをいったんわきに置く。悲しんでいる自分、落ち込んでいる自分を、客観視する。文章を書いているときだけ、自分が自分から離脱する。”