文章は、「転」。
24件の記録
ぽっぽ@saliliy2026年6月23日読み終わった『言葉は、自分が考えていること、感じていることを表現する道具ではない。むしろ文章によって、自分が考えていること、感じていることを、思い出す。ああ、おれはこんなことを考えていたんだ。そのことを、文章を書いている途中、当の自分が発見する。』 ように、私もなりたい。 そのためには、「考えること」「感じること」が大事なのだ、と。 五感を研ぎ澄ませ、観察して、ときに名文に教わり、安易な形容には逃げずに、しっかり考え抜くことが感性を鍛える「筋トレ」である、と。 感性は練習で磨くことのできるものだ、というのが一貫した主張。 読んですぐに体得できるものじゃない。 けれど日々の振る舞いや、名文のストックなんかは、今日から少しずつでも始められる。 まだ見ぬ自分の感性に会うために、何度でも読み返したい本。
あんこちゃん@anko2026年6月15日読み終わった借りてきた今まで読んだ中でも文章教室の生徒たちの添削や、名作の中の一文がふんだんに取り上げられていてより実践的だった。 それにしても近藤さんの本読んでから投稿するのは緊張感がすごい!








読書猫@bookcat2026年3月10日読み終わった(本文抜粋) “なにかを見る。聴く。心を動かされる。それは、生得的なことではない。多くは後天的、言い換えれば、環境や教育の成果だ。有り体に言えば、「練習」しているから、感じられるようになるのだ。感性は、鍛えた者だけが得られる、もうひとつの〝筋肉〟だ。” “自分の、考えていること、感じていることを、文章に書くのではない。逆です。文章を書くことによって、自分の考えていたこと、感じていたことを知る。” “よく、見る。 それは、「よく、生きる」ことと、ほとんど同義です。” “人は文章を書くとき、悲しみをいったんわきに置く。悲しんでいる自分、落ち込んでいる自分を、客観視する。文章を書いているときだけ、自分が自分から離脱する。”
きん@paraboots2025年10月8日気になるだいたい、頼んでもないのに生まれてきて、必ず死ぬってことじたい、「罠」みたいなもんじゃないか、という近藤氏の言葉を見た。なかなかにズンってくること言うなぁこの人、そう思って書籍を手に取ってみたくなり候。



















