あんどん書房 "トピーカ・スクール" 2026年3月21日

あんどん書房
あんどん書房
@andn
2026年3月21日
トピーカ・スクール
トピーカ・スクール
ベン・ラーナー,
川野太郎
文体がかなり独特なので、かなり苦戦した。(たとえば「——」の挿入が非常に多く、その度に読んで戻っての時間がある。たぶんあえてそのように書かれているのだろうが、その意図はどう解釈できるだろう。 作品のテーマを一言で表すのは極めて困難。あまりにトピックが多い。(文字でさえ混乱してしまうのだから、スプレッドなんて仕掛けられた日には泣いちゃう……) 中心にあるのは「話すこと」とアダムの成長物語なのだろうが、登場人物一人ひとりの物語が多層的に折り重なって融合しているため、単純な物語として整理(プロセス)することはできない。 しかしキーワードを抜き出さないことには何も思い出せないので、いくつか重要そうな部分を挙げてみると ・スプレッド ・おとなこども(マンチャイルド) ・ドウッチョの「聖母子」 ・関係の力学 ・紫の牛 あたりだろうか。 スプレッドの残酷さや政治とのリンクについては既に多く言及されているので、断章として挟まれるダレンのパートについて考えてみる。 おそらく軽度の知的障害を持つ青年・ダレンは同級生たちから揶揄われたり湖畔に置き去りにされるなど酷い扱いを受けている。一方で彼は白人男性というマジョリティでもあり、マイノリティの障害者が受けるようなさらに深刻な被害は免れている面もある。 ダレンのエピソードが挿入されるのは、彼が結果的にある事件を起こしてしまったことが青年期のアダムに罪悪感を与えたということもありつつ、訳者あとがきにある(P358)ようにアダムにとってもう一人のあり得たかもしれない自分として対比されているのだろう。ダレンが直接的に何かを話している描写はあまりないが、おそらくその発話はアダムのスプレッドのようなものではなく。 36ページにやや唐突に出てくる「主題統覚検査(TAT)」で提示される、ディベートで勝利を収めたアダム少年の姿と、334ページで同じように出てくる(おそらく政府への)抗議者としてのダレンの姿。そして最終章のタイトルはまさに「主題統覚(アダム)」である。 やはりここは口の立つもの側であったアダムが自身のユダヤとしてのルーツやプエルトリコルーツのパートナー・ナタリアとの出会いを通して、ダレンの側に立つことができるようになった、と解釈できるか。
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