不安定 "かわうそ堀怪談見習い" 2026年3月22日

不安定
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@unstable_okyt
2026年3月22日
かわうそ堀怪談見習い
かつて他の読書SNSに投稿していた感想を、少しずつこちらに移植していこうと思う。 まずは、「ホラー」よりも「怪談」という言葉が似合うこの本。 ーーー 不思議なタイトルに惹かれた。 恋愛小説家という肩書きに違和感を覚えた「わたし」が、怪談を書こうと思い立ち、東京を離れて「かわうそ堀」という名前の街に引っ越してくるところから、この小説は始まる。 だから、「かわうそ堀怪談見習い」。 「わたし」は怪談を書くために中学の同級生に取材を始めるが、それから奇妙な出来事に遭遇するようになる。 ゼロ「窓」から始まり、マイナス一「怪談」を経て二七の「鏡の中」まで、29の断章からなる。 小説全体を貫くのは「わたし」の記憶にまつわる謎で、やがてその謎は深まり、ほぐされていく。その過程で、断章のひとつひとつが、派手さはないけど不穏な手触りを「わたし」と読者に残していく。 「わたし」は自らのことを「感情が上がったり下がったりすることが、基本的に苦手だ」というふうに説明する。 そんな性格のためか、奇妙な出来事に遭遇しても、「わたし」はどこか淡々としているように見える。出来事を確かに認知はしているはずだけど、その恐怖に対する姿勢、というか構え方というものが、読者の想像するものとどこか違っている気がしてくる。 たとえばホラー映画であれば、怪異に遭遇する視点人物はだいたい悲鳴を上げる。そうでなくとも恐れおののく。その時観客は、視点人物と同じように悲鳴を上げながらも、同時にどこかで安心しているところがあるのではないか。自分と同じように怖がってくれる人物がいる。しかもその人物は、スクリーンのこちら側ではなく向こう側、つまり怪異と同じ位相にいる。その人物が怪異のすぐそばで悲鳴を上げてくれるから、スクリーンのこちら側にいる自分は、その人物の後から悲鳴を上げればよい。言うなれば、怪異と自分のあいだに少しの隙間ができる。 ところがこの小説では、視点人物にあたる「わたし」は、怪異と同じ位相にいるはずなのに、悲鳴を上げない。怪異と読者とのあいだに、隙間を作ってはくれない。だからこの小説の怪異は、ページのこちら側にいる読者に向かって手を伸ばし、そっと、しかし直接、肌に触れてくるのだ。
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