かわうそ堀怪談見習い
33件の記録
まどろみ@cumo2026年3月23日読み終わった借りてきた図書館本読んでいる間、日常の膜がすこしだけ薄くなったような感覚が続く。 怪異がしっかり姿を見せるわけでもない。じわじわと日常が歪んだまま進んでいく。怖いと断言できないまま、でもなにかが背後にいるようなうっすらとした気配だけがずっと続く。 個人的にはニニの喫茶店の話が好みだった。 『怖い、って、ほんとうのところ、なにが怖いんでしょうね。得体が知れないから怖いのか、それとも、その先に起こるなにかを、わたしたちはすでに知っていて、そこに近づいてはいけないって思うからでしょうか?』p70

不安定@unstable_okyt2026年3月22日買ったかつて読んだ感想かつて他の読書SNSに投稿していた感想を、少しずつこちらに移植していこうと思う。 まずは、「ホラー」よりも「怪談」という言葉が似合うこの本。 ーーー 不思議なタイトルに惹かれた。 恋愛小説家という肩書きに違和感を覚えた「わたし」が、怪談を書こうと思い立ち、東京を離れて「かわうそ堀」という名前の街に引っ越してくるところから、この小説は始まる。 だから、「かわうそ堀怪談見習い」。 「わたし」は怪談を書くために中学の同級生に取材を始めるが、それから奇妙な出来事に遭遇するようになる。 ゼロ「窓」から始まり、マイナス一「怪談」を経て二七の「鏡の中」まで、29の断章からなる。 小説全体を貫くのは「わたし」の記憶にまつわる謎で、やがてその謎は深まり、ほぐされていく。その過程で、断章のひとつひとつが、派手さはないけど不穏な手触りを「わたし」と読者に残していく。 「わたし」は自らのことを「感情が上がったり下がったりすることが、基本的に苦手だ」というふうに説明する。 そんな性格のためか、奇妙な出来事に遭遇しても、「わたし」はどこか淡々としているように見える。出来事を確かに認知はしているはずだけど、その恐怖に対する姿勢、というか構え方というものが、読者の想像するものとどこか違っている気がしてくる。 たとえばホラー映画であれば、怪異に遭遇する視点人物はだいたい悲鳴を上げる。そうでなくとも恐れおののく。その時観客は、視点人物と同じように悲鳴を上げながらも、同時にどこかで安心しているところがあるのではないか。自分と同じように怖がってくれる人物がいる。しかもその人物は、スクリーンのこちら側ではなく向こう側、つまり怪異と同じ位相にいる。その人物が怪異のすぐそばで悲鳴を上げてくれるから、スクリーンのこちら側にいる自分は、その人物の後から悲鳴を上げればよい。言うなれば、怪異と自分のあいだに少しの隙間ができる。 ところがこの小説では、視点人物にあたる「わたし」は、怪異と同じ位相にいるはずなのに、悲鳴を上げない。怪異と読者とのあいだに、隙間を作ってはくれない。だからこの小説の怪異は、ページのこちら側にいる読者に向かって手を伸ばし、そっと、しかし直接、肌に触れてくるのだ。

オレンジ色@orange2025年10月17日読み終わったちぎり絵。そんなかんじに読書。重ねたり、貼ったり、つなぎ合わせたり。出来立てのとこだったり、乾いてるとこだったり。少しめくれてたり、はがれかけてたり。色やちぎりの形を選びながら。


yuna-yuna@yunaminxxxtvxq2025年9月26日読んでる@ 公園気持ちのいい秋晴れだったので、お弁当食べ終わったあとにてくてく歩いて、残りのお昼休み時間を外で読んで過ごした。外で読むのに気持ちのいい季節になってきたな。
yuna-yuna@yunaminxxxtvxq2025年9月23日読んでる再読中@ 自宅吉本ばなな「ヨシモトオノ」を読んでいたらこちらも読みたくなってきて、「帰れない探偵」を横目に手に取り3度目の再読中。 過去の読書記録を見てみたら、7年前の今頃と5年前のお盆ごろに読んでいて、やっぱり夏に読みたくなるんだなー

ゆらゆら@yuurayurari2025年6月24日読み終わった「恋愛小説家」と呼ばれるのをさけて怪談を書くことにした小説家。見習いだけに“霊感”もなく怪談未満のエピソードがぽつぽつ起こるのが続くと思ったら最後すごく怖かった。「私」や「日常」の裂け目からのぞくものが、怖がらせる目的でないだけに真に迫ってた。 ケアをひらくシリーズの『あらゆることは今起こる』を読んでたことが、この本をただの絵空事のフィクション(それはそれで最高だけど)以上の、人間存在の不条理に触れる作品として感じられて、よかった。 (24.8.12読了)






























