ナナミ "嵐が丘" 2026年3月23日

ナナミ
@nanami373
2026年3月23日
嵐が丘
嵐が丘
エミリー・ブロンテ
嫉妬とも呼ばないような薄い劣等感を抱いていていた大学時代の知り合いが、一番好きな映画として「君に読む物語」を上げていた時の、「あ、ぽい〜〜笑」という感情。高校の古典のおばあちゃん先生が、「あなたは国語が得意なのに恋愛小説の読解はからきしね」と言った時の笑み。小学校5年生の時、少女時代に夢中になって読んだ恋愛小説というふれこみで母親に買い与えられた「嵐が丘」は、当時の私にとって理解不能で、この本を読む唯一の楽しみは残りページが減っていくことってもんだった。3分の2ほど読んで挫折した。この人たちの気持ち、大人になったらわかるんだろうかと考えていた。 結果、私は今、大変苛立っている。かつて登場人物たちの挙動の理解できなさへ抱いた困惑は、こんな支離滅裂を理解してなるものかという怒りに変わった。不愉快!不愉快!不愉快!こんなにままならない不愉快を隣人にしたり顔で微笑むのが恋なら一生読解力オンチで結構。 おまえは俺の苦しみなんかどうでもいいと云ったな。じゃ、ひとつお祈りを唱えてやろう。舌がもつれるまでくりかえしてやる。キャサリン・アーンショウ、俺が生きているうちは、汝が決して安らかに眠らないことを! 人にここまで叫ばせる激情が、あんなに美しいさえない結末で救われてしまうなんて、酷い話だ。なるほど、ハッピーエンドだなあ、と思ってしまう自分の感性にも絶望する。 役者あとがきの、ネリーについての考察が興味深かった。語り手のネリーは、語りによって物語の感情を操っている。だから、睦まじいキャサリンとアーンショウの様子になんて美しいハッピーエンド!とウットリしているのはネリーおばさんなのである。私じゃない。
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