みーる "失われた貌" 2026年3月22日

みーる
@Lt0616pv
2026年3月22日
失われた貌
失われた貌
櫻田智也
静岡、長野の一人旅道中にてほとんど読み進めることができた。まず感じたことは懐かしさ。 高校生のときに読んでいたミステリー小説のようなド直球の王道ものだった。とんでも展開はなく、帯に書かれているほど賞賛の嵐ではなかったが、本格刑事ものミステリーとしては非常に質が高かった。映画化のイメージがはっきりと湧いてくるようなそんな作品であった。 主人公の日野は地味だが刑事としては優秀で組織に骨を埋める側の人間。要所要所に不器用さが垣間見えるが、娘との接し方や後輩の入江との接し方には優しさとユーモアがあり親しみやすい人物として描かれていた。対照的に、後輩の入江は真っ直ぐな性格で事件を解決したい一心で動く。日野のことを尊敬しているが故に歯がゆい場面もあったように思うが、物語終盤で息が合ってくる。バディものとまではいかないが、入江の存在は物語に推進力を持たせるために必要だったと思う。作中、最もユーモラスでポップに描かれていたのは弁護士の剣菱。持論がたくさんあり、胡散臭さしかないが、どこか憎めない彼は物語の展開においていいスパイスになっていた。彼がいなかったら終始、重苦しい小説だっただろう。羽幌は自分の正義像がはっきりしていた人物。それ故に、警察官として間違いを犯してしまうギリギリのところにいた。真犯人とも言える久美の精神力には恐れ入った。小沼が辻を殺した。しかも、辻加奈と不倫をしていて子供まで妊娠していた。そんな情報を一度に受け、動転するわけでもなく、辻との入れ替わり作戦を提案する。夫を捨てる選択だが、そこに迷いはなかったように思える。久美は夫が失踪したことにより被害者側の立場で描かれていた前半からは想像がつかないほど残酷な決断を下している。子どもである隼人の存在が母親をそうさせたのは自明であり、子供のためならなんだってする母親像が描かれていた。辻(小沼憲)が、久美の供述を受けても自分がやったと言い張るラストシーンは、隼人を人殺しの子どもにさせないため。生まれる前に死んだ存在として罪を被るためだった。本作のテーマの一つに「何を犠牲にしても子どもだけは守ろうとする親」が挙げられるだろう。 確かに、辻が小沼殺しの犯人で捜査を終了しておけば、誰も不幸せにはならなかった。日野もそういうことがわかった上での決断だったのだろう。「警察官としての正しさとは一体なんなのだろうか」それも今作のテーマの一つだと思う。ラストシーンで、「隼人に叩かれた体はもう痛まない」ところから日野の中に、警察官としての自分がやっぱり居て、それに対して苦しんでいるようにも見えた。 物語の展開としては、入れ替わり説は血液型の話あたりから気づいていたから、真新しさや驚きはそこまでではなかった。しかし、聞き込みを中心に話を聞いていく刑事の基本的な手法を丁寧に行い、細やかなズレを伏線とし、綺麗にはめ込んだ素晴らしい作品であった。伏線回収だけならもっと緻密な作品はいくらでもあるが、解決の先に、考えさせられるテーマを突きつけてくるあたりミステリーだけに振ってない、バランスの取れた作品であったといえる。
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