
くりこ
@kurikomone
2026年3月24日
まだ読んでる
第六章 回復の限界
第五章までは、ルワンダの相互互助の関係が培われている共同体全体でトラウマを癒していく過程を見たが、やはり限界はあるよう。同じツチ族でも、ツチ地元民、ジェノサイド後に帰ってきた帰還民で支援の受け取れる量が違い、助け合いが出来ない状況にある。こういう状況だからこそ「沈黙を破る」西洋のトラウマ治療では効果が見られないのだ。
(日本でも、例えば、「違法」薬物依存症は、皆の前で「沈黙を破る」治療ができない
のでは?使用している薬物が「違法」である限り、刑期を終えていなければ皆の前で公言できない。「語りえぬもの」のために体験の意味付けができない・・・。)
p.289
社会変革、人権擁護を促すために政治的意思を持って語ることは「トラウマ」言説を用いながら訴えなければならない。そこでは、トラウマからの回復を求めて交渉しているはずなのに、かえってトラウマ症状の自己再生産が続き回復できなくなるというパラドックス(外傷性の語り)があることは、目からうろこ。
アイデンティティポリティクスは、「外傷性の語り」を引き起こしていそう。だからこそ当事者だけに担わせたらだめなんだよね



