
阿久津隆
@akttkc
2026年3月11日

アブサロム、アブサロム 上 (講談社文芸文庫 フA 2)
ウィリアム・フォークナー
読んでる
シュリーヴが、南部の話をしてくれよ。南部ではどんなふうなんだい。南部の連中はどんなことをしているんだい。どうして南部なんかに住んでいるんだい。それより、南部人はどうして生きているんだい、と聞く同級生たちのひとりであるシュリーヴが、わかった、わかった、と言って、わかった、わかった、わかった、と言って、
p.276
「わかった、わかった、わかった。―ところでその年寄りが―その叔母さんのロ―わかった、わかった、わかった、わかった。―その人は四十三年間そこへ行ったことも、その家に足を入れたこともないというのに、だれかがそこに隠れているといっただけでなく、彼女のその言葉を信じて、彼女のいうのが本当かどうかを確かめに、真夜中に馬車でそこまで十二マイルも行ってくれる人を見つけたっていうんだね?」
「そうだ」とクェンティンは言って、するとシュリーヴは「つまり、そのおばあさんは。祀られている人が多過ぎる霊廟みたいな家庭に育ち、父親と叔母さんと姉さんの夫を憎む以外はなにもすることがなしに、」とミス・ローザの物語を語り始めて、なにも知らないシュリーヴの肉体を物語が支配した瞬間だった。