阿久津隆 "アブサロム、アブサロム 上 ..." 2026年3月7日

阿久津隆
阿久津隆
@akttkc
2026年3月7日
アブサロム、アブサロム 上 (講談社文芸文庫 フA 2)
p.206 そこでわたしは(わたしの体は)まだ止まろうとせず(そうです、それを止まらせるには手がわたしに触れる必要があったのです)―自己暗示にかかっていた哀れなわたしは、起こらなければならないことは起こるだろうし、起こらざるを得ないだろうと、さもなければ生きていることも正気であることも否定しなければならないと、なおも思い込んで、走りつづけ、その測り知れないコーヒー色の顔に向って自分をぶつけようとしましたが、それはサトペンがこしらえ、自分の留守のあいだ自分のかわりを務めるように命じた、彼自身の、冷酷で、執念深く、無心な生き写しで(いいえ、無心ではありません。それどころではありません。なぜならそれは、サトペンの千里眼的意志が、喜々として応じる黒人の血と混ざり合ったためにやわらげられて、道徳を超越した悪が迷うことのない絶対に達した姿みたいだったのです)、その顔を見ていると、闇に閉ざされて気のふれた一羽の野鳥が、死を意味する真鍮のランプに向かって飛び込んで行くのを見ているような気がしました。 斜体がずっと続く。これはしんどい。
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