
浮舟
@ukibune_1991
2026年3月25日
水晶幻想/禽獣
川端康成,
高橋英夫
感想
川端康成の雪国、山の音、千羽鶴からは想像が付かないくらい物語の描き方が異なる。それは川端の新感覚派、そして新心理主義に挑戦していた時代だからである。しかし、晩年に通ずる虚無と非情の原点はここにある。その中でも特に気になった3作を書いておく。
「水晶幻想」
川端は万華鏡のような世界観を構築したのが水晶幻想。外界(不妊と現実)は一切変わらないが、妻の内面は激しく揺れ動く。不妊であるにも関わらずメイクをしている自分に虚無が現れる。しかし、発生学(命の誕生科学)で行われる人工授精に希望を見出したり、キリスト教における処女受胎と女王蜂を結び付け自然における処女生殖に神聖視を見出したりしている。
かと思えば、夫に抱かれた腕に孤独を感じる事もあるが、発生学研究から連なる犬の交配ビジネスで得た金銭でメイク道具を購入しようとする。
このように不妊という現実、つまり外界は変化しないが、妻の内面には激しく感情の渦が万華鏡のように現れている。
つまり水晶幻想は妻の内面をイメージの連続として描かれており、それはシュルレアリスム的(イメージの連続)であり、キュビズム的(時間軸と多方面の心理)作品でもある。
また、川端康成が32歳の時に、新感覚派から新心理主義に移行している時に書かれているが、晩年に書いた山の音とも似ている点がある。水晶幻想は外界は静止しているが内面は激しい。しかし、山の音は外界は激しく動き、内面は静寂であり、虚無の底に沈んでいる感覚があり、そこに繋がりを感じた。
小説としては難解であり、ストーリーとして崩壊しているが、イメージは流れてくる為、映像小説的な感じで読めました。ただ、僕は普通の小説の方が好きかなと思った。
「禽獣」
人間の普遍的な心理の移ろいを描いている。
人は美しいと感じた人や動物、物に対して自由を奪い支配しながら管理下に置きたいという欲求がある。
それは恋人、ペット、購入物全てにおいて変わらない。
やがて熱狂していた心は鎮まり無関心へと移ろいでいく。生々しい打算や情愛が剥がれ落ちていく先には無機質な無関心が待っている。熱狂から興味を失う忘却へと変化する過程は心理的な殺害に等しい。
そのような人間心理にある非情を的確に表した作品が禽獣であると感じた。
「青い海黒い海」
生と死の概念を海の色として投影した作品となっている。これも情景と感覚の連なりであり、自己意識を海の色に投影する事で心中相手との世界の一致と不一致を探り、その一致しない事実に苦しむ作品となっている。それは意識は途絶えた瞬間から永遠に進まず同化する考え方であり、永遠に同化出来ないと思い込んでしまう事から現れる苦しみでもある。その生と死の意識の狭間における描写を青い海と黒い海で見事に表現しているが、川端康成にしては論理的だなと感じた。でもこの作品は好きですね。
