プールに降る雨 "庭のかたちが生まれるとき" 2026年4月10日

庭のかたちが生まれるとき
その石はなぜそこに置かれたのか。 著者が実際に庭づくりの現場に立ち会い、その生成過程をつぶさに観察する。 設計図を持たない庭師によって即興的に置かれる石。 最終的にどのような庭が完成するのか、なんと誰もわからないという。 親方の意図は?根拠は?そのあいまいな言葉に翻弄される職人たち。 人と物を結びつける場の力学に支配される庭という名の小宇宙。 偶然から出発して必然になっていくものづくりのプロセスを考察して言語化するさまはスリリング。 硬軟ちょうどいい按配の文体で読みやすい。 “素材や条件の「求めるところ」、つまりそれらの本性にしたがえば必然的にこうなるもの。つくることにたいして意識的でありながらもらつくられたものが非意図的なものになることを目指す無名の技。こうしてつくりだされるものは自然化され、あると同時にないようなものになる。”p.181 “「石組みはこうでしかありえなかった」──古川はあくまでも意図を否定し、庭の最終的な我有化、あるいは作品化を、つまり「ありである庭」を拒否し続ける。しかしここで語られた構想は庭を、あるいは石組みをひとつの造形的な関係として分析してきたこれまでの観点を否定するものではなく、むしろ拡張するものだ。庭は内部の造形的関係の束でもあり、同時に外部との造形的関係の束でもある。”p.198 “偶然的に隣りあい、相互に矛盾や軋轢を抱える複数の物/者を係争状態のまま並置していくとき、この構成をギリギリ成立させているのは関係であるとともに、必要以上に相互を関係づけないこと、ようするに、部分的な非関係を継続することでもある。 偸むとはおそらく、ディスコミュニケーションを確保することによって最低限の物/者の共同性を縫い上げる非関係の技法でもある。”p.243
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