庭のかたちが生まれるとき
40件の記録
プールに降る雨@amewayamanai2026年4月21日読んでる読み終わったまだ読んでるその石はなぜそこに置かれたのか。 著者が実際に庭づくりの現場に立ち会い、その生成過程をつぶさに観察する。 設計図を持たない庭師によって即興的に置かれる石。 最終的にどのような庭が完成するのか、なんと誰もわからないという。 親方の意図は?根拠は?そのあいまいな言葉に翻弄される職人たち。 人と物を結びつける場の力学に支配される庭という名の小宇宙。 偶然から出発して必然になっていくものづくりのプロセスを考察して言語化するさまはスリリング。 硬軟ちょうどいい按配の文体で読みやすい。 “素材や条件の「求めるところ」、つまりそれらの本性にしたがえば必然的にこうなるもの。つくることにたいして意識的でありながらもらつくられたものが非意図的なものになることを目指す無名の技。こうしてつくりだされるものは自然化され、あると同時にないようなものになる。”p.181 “「石組みはこうでしかありえなかった」──古川はあくまでも意図を否定し、庭の最終的な我有化、あるいは作品化を、つまり「ありてある庭」を拒否し続ける。しかしここで語られた構想は庭を、あるいは石組みをひとつの造形的な関係として分析してきたこれまでの観点を否定するものではなく、むしろ拡張するものだ。庭は内部の造形的関係の束でもあり、同時に外部との造形的関係の束でもある。”p.198 “偶然的に隣りあい、相互に矛盾や軋轢を抱える複数の物/者を係争状態のまま並置していくとき、この構成をギリギリ成立させているのは関係であるとともに、必要以上に相互を関係づけないこと、ようするに、部分的な非関係を継続することでもある。 偸むとはおそらく、ディスコミュニケーションを確保することによって最低限の物/者の共同性を縫い上げる非関係の技法でもある。”p.243 “「歩かせえよ!力なんかいらんのや。石に歩かせるんやで!」”p.259



socotsu@shelf_soya2026年3月7日読んでる「物体相互の揺らぐ関係性の束」が庭の基準という考え方が『異界の歩き方』の「流動的で複合体としての「私」」という考え方と響き合って感じられて、全然違う分野の話のようでつながっている。「石に歩かせる」と表現するやり方が、石を自分、物と者をまたいだひとつの運動体としてみなして石を介助するように石を動かせる方法なのも身体感覚、動作の捉え方としておもしろい。


𝚗𝚊𝚝@sapphicalien2026年1月29日気になる読みたい最近は“庭”に興味があり、『庭の話』、『日本庭園をめぐる』を買ったがこちらもおもしろそう! 『「手に負えない」を編みなおす』で引用されていた
チャトラビ@beekichi2025年8月15日読み終わった読書メモ「というのも、すべてを精確に調整するというよりは、すべてを微妙に狂わせるような調整こそが結果として、矛盾しあったままの整合を可能にするからだ」 "あってないような庭"と"ありてある庭" 終わりに起こる事の驚きと深い納得
- ishiguro_reads@ishiguro_reads2025年1月5日読み終わったバラバラの形を持つ石を、庭の中にどう配置するか。バランスとリズムについての試行と、ときどき変わる与件にどう応えるか、という作家の態度についての記述。設計に携わる者として学びがある。 著者は美学を専門とする教員であり、庭師でもある。師匠の古川が一つの庭をつくりあげるまでの一手一手を書き残し、その裏にある意図を考察する。 偶発的な出来事により全体が崩れ、それを組み直す際、事後的にまるで意図されていたかのようにそれまでの諸要素が別の流れに統合される、という作家の態度に共感するとともに、目指したい姿だな、と思う。












































