
torajiro
@torajiro
2026年3月28日
考察する若者たち
三宅香帆
読み終わった
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三宅香帆さんによる考察文化についての批評。考察、萌えと推し、AI、世界に一つだけの花という自分らしさから生きにくさを弱めるMBTIなどのラベリング。こうしたテーマを漫画やアニメなどのエンタメ作品を題材として読み解く。
映画やアニメで考察を楽しむのも感覚としてはわかるけど、個人的には三宅さんよりちょい年上の批評の時代を生きてきたおじさんなので、その時代の変化の整理はわかりやすかった。特に前半の萌えから推しへの変遷はなるほどと感じると同時に色々と考えどころのある話だなと感じた。
考察という唯一絶対の正解が求められる時代においては「萌え」ではなく「推し」となる。なぜから「推し」には追いかける理想像があってそこに辿り着けば報われるから。アイドルであれば「ドームに立つ」という理想があり、その理想という絶対の正解に辿り着くことで報われることが重要。
仕事で寄付に関わる中で、ファンマーケティングや推し活とファンドレイジングの関連性というか共通性が語られることがしばしばあるが、業界内でもまだまだこの点の解像度はかなり低いように感じる。三宅さんの整理に照らして考えると、確かに推し活との共通点は見えてくるのだけど、それで良いのだろうか、とも思う。理想像を追い求める姿勢を応援する推し活においては、例えばアイドルに対して恋愛なんてしてないでストイックにゴール(「ドームに立つ」など)を目指して欲しいという声が上がったり、そうした姿が賞賛されたり、あるいはその理想から外れた動きをすれば幻滅されたり非難されたりする。NPO等のファンドレイジングでいえば、理想像とはその団体や活動が掲げるビジョンの実現、つまり社会課題の解決を指すことになる。そこにストイックに邁進する姿というのは、清貧の精神で社会課題の解決に取り組む姿であり、しばしばこの業界の内外から理想とされてきた姿であるように思う。確かに共通している。けれどそれでいいのだろうか。
社会課題の解決だけを報われポイントにしたコミュニケーションも厳しいものになると思うので、ファンドレイジングを推し活やファンマーケティングとの共通性から捉える時には、その課題や限界も同時に見据えた議論や実践が求められるように思う。
