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torajiro
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@torajiro
小説、エッセイ、ノンフィクション、学術書に哲学など色々買ったり積んだりしております。
  • 2026年4月11日
    黄色い家(下)
    黄色い家(下)
  • 2026年4月9日
    黄色い家(上)
    黄色い家(上)
    とりあえず上巻。 川上さんの作品は読みながら痛みというか苦しみを感じることがあるのですが、本作は今のところ大丈夫。男性の身で読む『夏物語』などと違って貧しさというものやその周囲にあるもの自体と私自身がわりとリンクしているからだろうか。さて下巻どうなるか。
  • 2026年4月7日
    増補 「児童虐待」へのまなざし
    社会構築主義を軸に児童虐待という社会問題を考察する本ですが、単に児童虐待というものがどう社会的に認識(構築)されていったのかという話ではない。児童虐待相談件数という課題発見の統計的データの推移や都市と地方の比較から、社会課題へ向ける人々のまなざしが環境によって異なることを明らかにしたり、援助に関わる専門家が自分の関わるケースを児童虐待である/ないと認識したり解釈したりする判断、あるいは親・子という虐待の当事者の認識・言葉選び・振る舞いの戦略にも社会的な児童虐待への認識が影響しあっていることをインタビュー調査から検討したりと、一段も二段も違う視点が提示されており社会構築主義という立場の面白さを改めて突きつけられた。
  • 2026年4月4日
  • 2026年4月4日
    王墓の謎
    王墓の謎
    古墳やピラミッドなど巨大な王墓はなぜ築かれ、そして衰退していったのか。強大な王がその権力を誇示するために民衆に労働を強いて築かせた、というような話が図書館で読んだ「世界の歴史」的な漫画でも読んだ覚えがあって常識的に描かれているけど、私も子どもの頃からずっと疑問だった。そんな無駄なことする?と。だってその労働力で畑でも耕してもらった方が余程豊かになるなんてごく初歩的なシミュレーションゲームでだって当たり前の話で、古代に周囲を統一して権力者になるようなすごい人がそんなこともわからない訳ないよね、と。本書はそんな疑問に答える説を人類学的な視点を取り入れた比較考古学の知見から組み立てている。 贈与から発展した威信財経済と、自然災害など人にはどうしようもない大きな力への対象として、神に贈与を行う機構として王墓が築かれた。その際の王は、権力を独占した存在なのではなく、むしろ王墓とは神聖性が特定の個人に固定されることを避けるために人類が開発した優れた機構と言えるのではないかというのはなかなか面白い論理。その後王墓の巨大化や複合機能化が民と王との距離を遠くし、距離ができたことで生贄などもできなくなり神聖性が弱まると衰退していき、都市への注力に移っていったという辺りはわからなくもないけど、この辺りは王墓だけで論じるのは限界がある気がする。人口や都市のあり方、経済システムとも絡むし、だとすると少なくとも後期には王墓も神聖的な側面だけでなく、何か経済的な機能を持っていたとしてもおかしくないし、王墓がなく都市発展が進んだ地域との比較も必要でしょう。 まだまだ考えどころはあるけれど、それでも王墓の成立に対しての素朴な疑問にぶつかっていく面白い本だと思います。
  • 2026年4月2日
    黄色い家(上)
    黄色い家(上)
  • 2026年3月31日
    出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと
    随分前からタイトルが気になっていた本。何度かスルーしつつやっぱり気になって購入したのですが面白かった。中身はタイトルの通りなのですが、出会う人たちの濃さというか、濃さをこのように捉え描写する著者がその人に合うと思って選ぶ本ならそれは面白いだろうし嬉しいだろうなと。人に本を薦めるというのは読書好きならその欲求もわかるだろうし、そのセンスや技を磨きたいと思う人も多いでしょう。私もその一人。ここまでぶっ飛んだことはできないなとも思うけど、そういえば自分の仕事に関してはぶっ飛んだ感じで切り開いてきてると周りに言われることもあって、自分ではそんな風には思わないのだけど、著者の花田さんもこれだけのことをやっておきながら内向的性格であると自身では捉えているということで、まぁそういうものなのかと妙なところで納得した。そしてヴィレバンは流行ってたころに近くになかったから行ったことなかったけど、そういう店だったのね。
  • 2026年3月30日
  • 2026年3月29日
    精選日本随筆選集 孤独
    随筆を盛り上げようとする宮崎さんを応援したい気持ちと純粋に面白そうという気持ち半々ぐらいで購入したもの。小説や漫画ではなく随筆のアンソロジーを読むのは初めてだったけどなかなか面白かった。テーマが「孤独」ということで、どんな雰囲気の作品が選ばれているんだろうと思ったが、そうかこれを「孤独」で選ぶんだな、と意外な感じのするものも少なくなかったし、同じテーマでも編者が変われば編まれる作品もまったく変わりそうな「孤独」というテーマの面白さを改めて感じさせてもらったような気もする。特に親を始めとした家族との関わりに関する随筆が多かったのは個人的には意外だったのだけど、愛と孤独は小説においても古今東西を問わない重大テーマなので同じく散文芸術としての随筆でもそこが際立つのは家族にまつわる話なのかもしれない。 元々随筆・エッセイは大好きだけど、アンソロジーでなければ出会わなかったであろう作品や著者もいくつもあって良かった。特に野々上慶一「『山羊の歌』のこと」。中原中也は中学生のときに生まれて初めて買った詩集で、何度も読んできたものだけれど、出版された当時の話や装丁のことなんて想像したこともなかったな、、と反省と驚きと、知れて良かったという気持ちと色々混ざって楽しかった。
  • 2026年3月28日
  • 2026年3月28日
    王墓の謎
    王墓の謎
  • 2026年3月28日
    考察する若者たち
    三宅香帆さんによる考察文化についての批評。考察、萌えと推し、AI、世界に一つだけの花という自分らしさから生きにくさを弱めるMBTIなどのラベリング。こうしたテーマを漫画やアニメなどのエンタメ作品を題材として読み解く。 映画やアニメで考察を楽しむのも感覚としてはわかるけど、個人的には三宅さんよりちょい年上の批評の時代を生きてきたおじさんなので、その時代の変化の整理はわかりやすかった。特に前半の萌えから推しへの変遷はなるほどと感じると同時に色々と考えどころのある話だなと感じた。 考察という唯一絶対の正解が求められる時代においては「萌え」ではなく「推し」となる。なぜから「推し」には追いかける理想像があってそこに辿り着けば報われるから。アイドルであれば「ドームに立つ」という理想があり、その理想という絶対の正解に辿り着くことで報われることが重要。 仕事で寄付に関わる中で、ファンマーケティングや推し活とファンドレイジングの関連性というか共通性が語られることがしばしばあるが、業界内でもまだまだこの点の解像度はかなり低いように感じる。三宅さんの整理に照らして考えると、確かに推し活との共通点は見えてくるのだけど、それで良いのだろうか、とも思う。理想像を追い求める姿勢を応援する推し活においては、例えばアイドルに対して恋愛なんてしてないでストイックにゴール(「ドームに立つ」など)を目指して欲しいという声が上がったり、そうした姿が賞賛されたり、あるいはその理想から外れた動きをすれば幻滅されたり非難されたりする。NPO等のファンドレイジングでいえば、理想像とはその団体や活動が掲げるビジョンの実現、つまり社会課題の解決を指すことになる。そこにストイックに邁進する姿というのは、清貧の精神で社会課題の解決に取り組む姿であり、しばしばこの業界の内外から理想とされてきた姿であるように思う。確かに共通している。けれどそれでいいのだろうか。 社会課題の解決だけを報われポイントにしたコミュニケーションも厳しいものになると思うので、ファンドレイジングを推し活やファンマーケティングとの共通性から捉える時には、その課題や限界も同時に見据えた議論や実践が求められるように思う。
  • 2026年3月27日
    主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック
    主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック
    学びに関する科学である「学習科学」の入門書的な本で、この領域に関わるさまざまな理論や研究、概念等を「対話」「主体性」「授業設計」「評価手法」などテーマごとに分けて解説する。一つのトピックは4〜8ページ程度と広く概観するための書籍なので、一つ一つは浅めではありますが全体像を掴みつつ、関心のあるところや隣接するトピックを知るなど入門書としての役割は十分に果たしている一冊かと思います。
  • 2026年3月27日
    〈個〉の誕生
    〈個〉の誕生
  • 2026年3月27日
    新装版 コウモリであるとはどのようなことか
  • 2026年3月22日
    ルポ トラックドライバー
    『移動と階級』の参考文献から。
  • 2026年3月21日
    精選日本随筆選集 孤独
  • 2026年3月20日
    叫び
    叫び
    第174回芥川賞受賞作。 政と聖、銅鐸、恋愛、満州、万博、天皇…と散りばめられた要素は現代へのさまざまなメッセージを予感させるのですが、なんというかその予感が当たるわけでも外れるわけでもなく終わってしまって、でも著者は何か言い切って満足していそうななんだかちぐはぐな印象を受けた。 女性に振られて酒や風俗に逃げたけれど、「それはそうしなければやっていられないというよりも、そうしたほうがいいのではないか、ぐらいの気持ちで、見よう見まねで荒れてみた」という辺りやそうした過ごし方の感覚が「三七歳にして余生に入ったようですらあった」というのは面白い表現だなと感じたのですが、この切り口と提示される要素がうまくつながらないままで、うまく読めなかったかなぁという感じ。 視覚(特に色彩)、聴覚、触覚など五感への刺激を丁寧に描写するシーンも多く、「先生」の語りとも合わせて聖なるものへの接触としての儀式的な象徴を感じなくもなかったが、だとしたらもう少し鬼気迫る描写が欲しかったかな。
  • 2026年3月18日
    主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック
    主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック
  • 2026年3月18日
    考察する若者たち
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