
鷲津
@Washizu_m
2026年3月28日
断片的なものの社会学
岸政彦
わたしの本棚
編み物を始めて数年、今も不思議に思うことがあります。羊の細い糸を編むと、それが布になり、手間をかければ鮮やかな模様が浮かび上がる…思いもしなかったことが、目の前に拡がる
岸さんの語り口は誰かに似ている…ここまで出掛かっているのに、まだ誰か思い出せません。でもその語り口は頭に心にスッと入ってくる。何も押し付けることなく、身体に染み込む感じ
幾つものテーマが語られますが、「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」一節が妙に忘れられません
『だが、世界中で何事でもないような何事かが常に起きていて、そしてそれはすべて私たちの目の前にあり、いつでも触れることができる、ということそのものが、私の心をつかんで離さない。(中略)
そして、だからこそ、この「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」語りは、美しいのだと思う。徹底的に世俗的で、徹底的に孤独で、徹底的に厖大なこのすばらしい語りたちの美しさは、一つひとつの語りが無意味であることによって可能になっているのである。』
世知辛い昨今、自分のことに精一杯で、他人に無関心になりがち…そう感じることが多々あります。人それぞれには物語があり、取るに足らない話であっても、何かを感じる。そういう感覚を忘れてはいけないなぁ、そう思うことも少なくありません
大袈裟に聞こえるかも知れませんが、編み物を始めて少し人生観が変わったことがあります
毛糸は眺めていても、一本の糸のままで何も変わりません。でも編むことで、それが布や柄へと新しい形に変わります
他者との関係も同じなのかも知れない。こちらから一目でも二目でも編むことで、全く違う関係を築くことも出来る、そんな風に思い始めています




