
𓂋⟢˖⊹ ࣪
@nmccormick
2025年8月26日
禁色
三島由紀夫
読み終わった
いままで読んできた小説のなかでいちばん面白かった!
「悠ちゃんはこのごろお洒落になってよ。櫛を買ってきて、いつも内ポケットに入れているの。一日に何べん髪を梳くか知れないの。早く禿げやしないかと思って心配だわ」
一同は康子の感化をおだてあげたが、何の気なしに笑っていた悠一はふと頬を翳らせた。櫛を買ったことさえが、彼には無意識についた習性のはじまりだった。大学で退屈な講義をきいている最中にも、われしらず櫛で髪を調えていることが屢〻ある。
今の大ぜいの前で云われた康子の言葉で、はじめて彼は自分が櫛を内ポケットにひそませるようになった変化に気づいたのである。犬がよその家から骨を持ちかえるように、この些細な櫛の習性こそ、彼があの社会から我家へもちかえった最初のものであることに気づいたのである。