
やん
@grilledyangyang
2026年3月29日
閃光のハサウェイ(下) 機動戦士ガンダム
富野由悠季,
美樹本晴彦
読み終わった
閃光のハサウェイは「神(英雄)が生み出される」神話の史的観点の物語だったと思う。それはつまり、史的イエスの死を彷彿とさせ、彼の死を弟子や親族の傷心を捉えた物語ということだ。
つまり、上巻でギギが言った予言「神様になればいい」がまさに成就し、ハサウェイは人類圏で本物の預言の王「マフティー・ナビーユ・エリン」となるのだと語られる。反体制の殉教者は、その死を解釈する者によって英雄となるのだ。それはチェ・ゲバラなど、枚挙に暇がない。しかし、そのようなメシアの実態は、ひどく繊細で壊れた精神を理想主義でみてくれを整えられた、実直でマメな青年でしかなかった。学生の反体制運動サークルが、クワック・サルヴァーや世論に囃され、いつの間にかメシアになったが、果てはトカゲの尻尾として切られてしまう。
その構図に、宗教の興りを感じずにはいられない。現体制に不満が溜まった民衆が「彼こそメシアだ」とエルサレムに迎え入れ、ローマ総督に逮捕されるや民は散り散りになる。そして、磔刑に処されたイエスと、両手を左右に広げて腕を焼かれたΞガンダムが被って見える。
イエスはその死後、弟子たちによって「神の子」とされ、全世界にその影響力を伸ばしていった。ハサウェイもまた、連邦政府の発表に異を唱えたマフティーの残党により、ハサウェイの存在が彼の意図を超えて、不変の影響力を持つ「マランビジー」になると示唆されている。
当のハサウェイ本人はある程度やりきって満足したかも知れない。しかし、ブライト、ケネス、ギギの心は、鉛を流し込まれたような辛い時を過ごすだろう。
上巻の序文を読み返してみる。
「刻が忘却をくれるとは、誰が書いた言葉だろうか?
それを言い出した人は、楽天家であったか、真実、絶望の恐ろしさを知っていた人たちだろう。そのどちらであろうとも、言葉というものは、多重性と曖昧さをもって、真実を伝えることはない、といえる。
しかし、言葉を使って語ろうとするこの物語は、いくつもの時代で語られた物語でありながらも、なんどでも語りつぐ必要があるとおもえる」
神話から真実は読み取れない。伝説とし神格化された若者の死を悲しむ人の言葉は、宙に霧散する。だからこそ、取り逃さないように、人は物語を紡ぎ、語り伝えなければならない。
神話の分解から、かき消された悲しみを読み取るよう諭された物語だった。