
いるかれもん
@reads-dolphin
2026年3月29日
傷を愛せるか 増補新版
宮地尚子
読み終わった
また読みたい
再読
そろそろ何回読んだのかわからなくなってきた『傷を愛せるか』。3月の頭のあたりからなんとなく気分が塞ぎ込んでしまっていたとき、何かあるかもしれないと思って久しぶりに手に取った。
今読んで良かった。改めて、なんでいい本なんだろうと思った。
この本を読んでいるときに、一つ大きな出来事があった。新年度から、仕事の部署が変わることになった。希望する部署に配属になるので、嬉しい一方、難易度の高い業務であり不安感も募る。また、就職する際に現在の職場で働くことに最初、父親にとても反対されたのだが、まさにその原因ともいえる部署でもあったからだ。「また親と揉めるのではないか」、「果たして自分がやっていけるのか」、まだ何も始まっていないのに不安ばかりが心に満ちていた。
その時、私が開いたページにはこんなことが書かれていた。
「変わるときというのは、変化にほとんどのエネルギーや注意を費やさなければいけない。そのため、外からの攻撃にたいしては無防備になる。外敵が来ればたちどころにやられてしまう、ヴェルネラブル(脆弱)な状態である。」(「開くこと、閉じること」『傷を愛せるか』p.62)
「あぁ、今の私だ」と思った。新しい環境に挑むために、私は今脆弱になっているのかと。
おそらく、この本の文脈から読み取れる意味と、今の私の状態は必ずしも一致する状態ではないと思うけれど、「変化するとき脆弱になる」ということを教えてくれただけで、何かとても安心した。別に、それで親や、新しい部署への不安要素が消えるわけではないけれど。安心した。
この本の本編に書かれている最後の文章を、私は何度読んでもその度に、心に染み渡る何かを感じてしまう。
「傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当をし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。
傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。
傷を愛せないあなたを、わたしを、愛してみたい。」
(「傷を愛せるか」『傷を愛せるか』p.226)
「傷」をたとえ治せなくても、そこに「傷」があることを認め手当すること。それだけでも、少し、私の緊張は解ける。私の今の不安を簡単に「傷」と言えるかわからないけれど、今回まさにこの本により、私の不安は、そこにあると認められて、手当されたように思う。
今この時期に読めて本当に良かった。他にも改めて感銘を受けた文章もたくさんあるが、またどこかでまとめたい。これからも、この本を、大切に読み続けたい。何度でも、何度でも。
(なお、部署異動の件を父親に報告したところ、特に何か言われるでもなく応援してくれた。就職の時に揉めたという「傷」が後を引いているのかもしれないが、なんにせよ応援してくれるということで安心した。)





