
活字畑でつかまえて
@catcher-in-the-eye
2026年4月2日
国境の南、太陽の西
村上春樹
読み終わった
約20年ぶりの再読
「島本さん」という名前を覚えている程度。
一人っ子である事の脅迫症的なまでの描写と
地下でジャズを流すバーの経営。
雑誌「ブルータス」
主人公が村上春樹の自伝的要素の濃い設定だ。
それとは反対に主人公に娘が2人いる設定は興味深い。主人公が子持ち設定は村上作品では珍しいのではないか。
タイトルになぞらえるなら
「現実の有紀子、幻想の島本さん」になるだろうか。
イズミは?
イズミは主人公が葬り死神にしたのだろう。
イズミが島本さんを遣わしたとも言える。
小雨の降る日にやってくる島本さん。
それはやはり泣いていたのだろう。
全身で泣いていたんだろう。
結局、主人公にとってあまりにも都合の良すぎる結末ではある。
その点、有紀子さんですら現実的ではない。
まぁ、それを言ったら村上春樹の登場人物などすべからくそうなってしまうわけだが。
かわいそうな僕。かわいそうな僕。かわいそうな僕。
「でも僕は島本さんのそうした外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何かを感じ取ることができた。それはかくれんぼをしている小さな子供のように、奥の方に身を潜めながらも、いつから誰かの目につくことを求めていた。」
なんて素敵な文章。
「ある時間が経ってしまうと、いろんなものごとがもうかちかちに固まってしまうのよ。セメントがバケツの中で固まるみたいに。そしてそうなると、私たちはもうあと戻りできなくなっちゃうのよ。つまりあなたが言いたいのは、もうあなたというセメントはしっかり固まってしまったわけだから、今のあなた以外のあなたはいないんだということでしょう?」
自分というセメント。
「そして僕はガールフレンドを作った。彼女はそれほど綺麗な娘ではなかった。」
なんて失礼な。コラ、村上くんそういうとこだぞ。
「人間というのはある場合には、その人間が存在しているというだけで誰かを傷つけてしまうことになるのだ。」
「でもそのかわりに彼女は僕のペニスを口に含んで、舌を動かしてくれた。」
イズミちゃんそれはしてくれるんかい!
「彼女はー彼女もまたというべきかもしれないがー一緒に町を歩いていて、すれ違った男が思わず振り返るようなタイプではなかった。」
こういう表現、ほんとやめてほしい。嫌悪しかない。
「僕とそのイズミの従姉とはそれから二カ月に亘って脳味噌が溶けてなくなるくらい激しくセックスをし
た。」すごい表現だ。
「どうしてあのときに島本さんに思い切って声をかけなかったんだろうと僕はあらためて悔やんだ。あのときの僕には何の制約もなく、捨てるべき何ものもなかったのだ。僕はその場で彼女をしっかりと抱きしめ、二人でそのままどこかに行ってしまうことだってできたのだ。」
やめてくれ!つらすぎる!やめてくれったら!
島本さん「私はここに来るか、あるいはここに来ないかなの。ここに来るときには私はここに来る。ここに来ないときには ー、私は余所にいるの」
僕「中間はないんだね?」
島本さん「中間はないの」と彼女は言った。「何故なら、そこには中間的なものが存在しないからなの」
僕「中間的なものが存在しないところには、中間も存在しない」と僕は言った。
なんですかこの会話(笑)
有紀子「何かに追われているのはあなただけではないのよ。何かを捨てたり、何かを失ったりしているのはあなただけじゃかいのよ。」
よくぞ言ってくれました。
いいかげんにしないよ、ほんとに。
自分に同情するな。
作中で〈僕〉が読んでいた本
中国とヴェトナムとの戦争を扱った本