国境の南、太陽の西
83件の記録
サカキ@sakaki08252026年8月14日読み終わったまた読みたい久々に抉られた感覚。良くも悪くも、とても男性的な小説ではあると思うけど。 簡単に言ってしまえば、主人公は身勝手な、人でなしの一言で済んでしまうけど、根本的な物事の考え方は、最近自分がよく考えることと被る部分が多くて、色々と突きつけられた感じがした。恋愛観は別としても。 お互いに求め合っていた主人公と島本さんの間でも"全部とる"の認識の違いがあったことを思うと、結局、正解などなく選択の連続による結果でしかないなと思う。 30代のうちにまた読み直す気がする。 「その欠落そのものが僕自身だからだよ」




ゆう@fleurs_wisteria2026年7月17日読み終わった好き度☆ おすすめ度☆ ・今まで何回も読みかけては挫折していたものの、村上春樹作品について何か言うのであれば少なくとも1冊は何か読むべきだなと思って読んだ作品(なお、過去に『中国行きのスロウ・ボート』は読んだことがあるが印象も何も覚えていない) ・祖母に「これなら読みやすいんじゃない?」と言われてもらった本だったのだけどごめんおばあちゃんやっぱり無理でした…… ※以下この作品および村上春樹を好きな人は読まないことをおすすめします ・読んでいて、ウワッキモッ!って累計100回くらい思った ・が、だんだん主人公の男の自己中さやしょうもなさが自分と重なって見えてきてウワーッ!となった 結局主人公は強烈な自己愛のもとで”欠落そのものを自分自身”とするものの最後には変化の兆しのみを見せて終わる
小石川@mkgaogao2026年7月15日読み終わった@ 自宅26/52 30代になってから毎年読んでいる 読むたびにイズミ、有紀子、島本さんの三者三様の人間模様に感動する 過去に損なったもの、今も損なわれているもの、これからも損ない続けざるを得ないもの、という時間軸でそれぞれ「喪失」を担う三人が物語を動かし続けて、主人公に主体的に動くことを促しつつ、今までどこか他者から求められることに無頓着な主人公を描き続けてきた作風から一歩踏み込み、「自分も求められる存在なのだ」と伝える作品に、全体としてなっているように見える 『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』と並べて同じテーマ性を持つ中期三部作としたい気持ちすらある(『ダンス・ダンス・ダンス』は初期作の4作目という位置付けだが、これも喪失とそれへの向き合いに今までの作品との違いが伺える作品でもある) それぞれが喪失と主人公の主体性と他者へのコミットメントを中心とした、今までと明らかに作者が書きたいことが変わっているのがわかる作品だと感じる 有紀子が「資格」の話をし、イズミを傷つけたことに端を発する主人公の自己嫌悪と「人を裏切る」ことにひとつの結論を用意するシーンが忘れられないほど印象に残っている 自分が「こうしたい」「こうあるべき」「こうに違いない」の姿勢から、「どうするべきか」「どうあるべきだと思うか」「これについて見直すべきか」という他者の視線と他者へのコミットメントを促しつつ、物語として(個人的には)これ以上ないカタルシスへ向かう名シーンだと感じる "「私は思うんだけれど」彼女は言った、 「あなたは私に向かってまだ何も尋ねてない」 「明日からもう一度新しい生活を始めたいと僕は思うんだけれど、君はそれについてどう思う?」と僕は尋ねた。 「それがいいと思う」と有紀子はそっと微笑んで言った。" このシーンから、おそらく有紀子にとっての主人公こそが、主人公にとっての島本さんなのではないだろうかと感ぜられるところが素晴らしいなと思う 形や細部は異なっているとしても、どうあっても失いたくない、「全てを取るのだ」と思える相手が自分なのだと、主人公は島本さんがいなくなってから有紀子に打ち明けられるという構造が主人公を変え、果ては読者を変え、そして作者自身が変わっていることを表しているように思う これを男側からの身勝手な赦しを乞う態度を表していると批判的に見ることもできるが、読めば読むほど、理性的な対話がなされ、それに寄り添う感情的なものをないがしろにしようとはしない姿勢がはっきりわかるところがあると思う それゆえに男女という対比で語られるより、もっと根本的な「許す側と許される側」という対比で語られる、許されざることと許されることを考えることができる作品だと感じた
euy@euy2026年6月28日読み終わったこの本、昔けっこう好きだったけど、今読み直してみてもやっぱり好きだなと思った。 ほかの村上春樹の作品と比べて、幻想的な要素が少なくて、わりと現実的な感じの作品だけど(主人公も普通に子どもがいるし)、現代に生きる人々のモヤモヤというか、なんか人生が自分のものじゃないような感覚に、形を与えて表現してくれているように思った。うまいよなあ。小説ってこんなことができるんだ。 島本さんは、多くの人が心の奥に秘めている「昔好きだった人」を体現してる存在であり、だからこそ、すごい抽象的で、なにも実体のない虚構の存在のような感じがある。ちょうど並行して最近エヴァンゲリオンを見返てしてて、島本さんに綾波レイっぽい雰囲気を感じた。 最後に奥さんを選ぶのは当然の結論だよね。みんなそうやって現実と折り合いをつけながら生きていくし、人生はそれでしかあり得ない。シンジも最後綾波レイを選んだりしないし。




ゆん@yk505252026年6月15日読み始めた読み終わった@ 飛行機2026/6/15 読了 なんだかさっぱりよくわからなかったワタシは、 まだまだハルキストとは言えないのだろうか🤔 2026/5/21 読み始め- ゆうや@yuuya2026年6月11日読み終わったタイトルからは想像してなかった内容だった。 結局、タイトルの意味はよく分からなくて主人公の女性関係がひどくてそれは今も昔も変わらない。 人間はそう簡単に変わらないってのを思わされた


euy@euy2026年6月4日読んでる「でも島本さんはもうここにはいない、と僕は思った。彼女は今では彼女自身の新しい世界の中にいるのだ。ちょうど僕が僕自身の新しい世界にいるように。だからイズミと島本さんとを並べて比較したりすることはできない。そんなことをしても何の役にも立ちはしない。ここはもう新しい世界であり、かつて存在した世界に通じる背後の扉は既に閉じられてしまっていた。ぼくはこの新しい僕を取り巻く世界の中で、なんとか自分を確立していかなくてはならないのだ。」 わかりすぎる😭 こういうこと感じるのは、自分だけちゃうかったんや。そりゃそうか。

- 一般文系学生@Bunkei2026年6月1日読み終わった村上春樹の描く女性の「吸引力」=抗いがたい恋の衝動にとても説得力があるのは、彼は恋を「欠落を埋めようとする渇望」だと思っているだからだ。主人公がクズなのはその通りなんだけど、クズを描けるのは文学だけだし、そういう主人公に共感してしまうのは読者の中にもその渇望があるからだ。 そしてもっと重要なのは、その欠落は多分埋まらないってことなんだろう。

euy@euy2026年5月19日読んでる「でもそれはおそらく間違ったことだった。僕はそのあともしっかりと島本さんと結びついているべきだったのだ。」 一文一文、どこを切り取っても全部良い。 しかし「国境の南」を聴いてみたけどなんかちがう。小説の雰囲気と合わない…。泥棒かささぎを聴いたときもなんかちがうと思ったけど…。



euy@euy2026年5月6日読み始めた昔好きだった本。再読する。 「でも島本さんの家で聴くライト・クラシック音楽も僕はすぐに好きになってしまった。それは「別の音楽」だったし、僕がそれに引かれたのはおそらくその「別の世界」に島本さんが属していたからだろうと思う。」 「彼女の父親のレコード・コレクションの中で僕がいちばん愛好したのはリストのピアノ・コンチェルトだった。表に一番が入り、裏に二番が入っていた。僕がそのレコードを気に入ったのには二つの理由がある。ひとつにはレコード・ジャケットがとても美しかったからであり、ひとつには僕のまわりにいる人間でリストのピアノ・コンチェルトというものを聴いたことがある人間が誰ひとりとして──もちろん島本さんを別にしてだが──いなかったからだ。それは本当に胸がわくわくするようなことだった。僕はまわりの誰もが知らない世界を知っている。それはいわば僕だけが中に入ることを許されている秘密の庭園のようなものだった。僕にとっては、リストのピアノ・コンチェルトを聴くことは、人生のひとつ上の段階に自分を押し上げることに他ならなかった。」
ほりとも@tomokobeck2026年5月2日読み終わった起きていることの表現の仕方、比喩の使い方がとても勉強になる。感情移入はできない主人公なのに、次が気になりどんどん読み進めてしまった。独特の世界観。

Bunka@cosmos_n2026年4月3日読み終わった@ カフェ村上春樹作品の中でアフターダークの次に好きな作品。 村上春樹作品は書かれてある内容、結末というより一文一文が心地よく体内に染み込んでいく感覚があり、どんな気分のときも私に寄り添ってくれる。 最近不安で押しつぶされそうなときもあったけど、村上春樹の言葉に助けられた。



活字畑でつかまえて@catcher-in-the-eye2026年4月2日読み終わった約20年ぶりの再読 「島本さん」という名前を覚えている程度。 一人っ子である事の脅迫症的なまでの描写と 地下でジャズを流すバーの経営。 雑誌「ブルータス」 主人公が村上春樹の自伝的要素の濃い設定だ。 それとは反対に主人公に娘が2人いる設定は興味深い。主人公が子持ち設定は村上作品では珍しいのではないか。 タイトルになぞらえるなら 「現実の有紀子、幻想の島本さん」になるだろうか。 イズミは? イズミは主人公が葬り死神にしたのだろう。 イズミが島本さんを遣わしたとも言える。 小雨の降る日にやってくる島本さん。 それはやはり泣いていたのだろう。 全身で泣いていたんだろう。 結局、主人公にとってあまりにも都合の良すぎる結末ではある。 その点、有紀子さんですら現実的ではない。 まぁ、それを言ったら村上春樹の登場人物などすべからくそうなってしまうわけだが。 かわいそうな僕。かわいそうな僕。かわいそうな僕。 「でも僕は島本さんのそうした外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何かを感じ取ることができた。それはかくれんぼをしている小さな子供のように、奥の方に身を潜めながらも、いつから誰かの目につくことを求めていた。」 なんて素敵な文章。 「ある時間が経ってしまうと、いろんなものごとがもうかちかちに固まってしまうのよ。セメントがバケツの中で固まるみたいに。そしてそうなると、私たちはもうあと戻りできなくなっちゃうのよ。つまりあなたが言いたいのは、もうあなたというセメントはしっかり固まってしまったわけだから、今のあなた以外のあなたはいないんだということでしょう?」 自分というセメント。 「そして僕はガールフレンドを作った。彼女はそれほど綺麗な娘ではなかった。」 なんて失礼な。コラ、村上くんそういうとこだぞ。 「人間というのはある場合には、その人間が存在しているというだけで誰かを傷つけてしまうことになるのだ。」 「でもそのかわりに彼女は僕のペニスを口に含んで、舌を動かしてくれた。」 イズミちゃんそれはしてくれるんかい! 「彼女はー彼女もまたというべきかもしれないがー一緒に町を歩いていて、すれ違った男が思わず振り返るようなタイプではなかった。」 こういう表現、ほんとやめてほしい。嫌悪しかない。 「僕とそのイズミの従姉とはそれから二カ月に亘って脳味噌が溶けてなくなるくらい激しくセックスをし た。」すごい表現だ。 「どうしてあのときに島本さんに思い切って声をかけなかったんだろうと僕はあらためて悔やんだ。あのときの僕には何の制約もなく、捨てるべき何ものもなかったのだ。僕はその場で彼女をしっかりと抱きしめ、二人でそのままどこかに行ってしまうことだってできたのだ。」 やめてくれ!つらすぎる!やめてくれったら! 島本さん「私はここに来るか、あるいはここに来ないかなの。ここに来るときには私はここに来る。ここに来ないときには ー、私は余所にいるの」 僕「中間はないんだね?」 島本さん「中間はないの」と彼女は言った。「何故なら、そこには中間的なものが存在しないからなの」 僕「中間的なものが存在しないところには、中間も存在しない」と僕は言った。 なんですかこの会話(笑) 有紀子「何かに追われているのはあなただけではないのよ。何かを捨てたり、何かを失ったりしているのはあなただけじゃかいのよ。」 よくぞ言ってくれました。 いいかげんにしないよ、ほんとに。 自分に同情するな。 作中で〈僕〉が読んでいた本 中国とヴェトナムとの戦争を扱った本
坂城ちはや@sakaki_chihaya2026年3月28日かつて読んだ村上春樹の小説、実はあまり読んだことがないけれど、この作品に出てくる「ヒステリア・シベリアナ」という架空の病気は鮮烈に覚えている。 シベリアの農夫がたった一人、荒野で東から西の地平線に沈む太陽を毎日見ているうちに何かがプツンと切れ、歩き続けて歩き続けてそのまま死んでしまう。 なんかそういう感覚わかる気がする。



Chisa@chisa_ima2025年12月3日読み始めた@ 飛行機こないだ実家から持って帰った本。今回の仙台東京2週間旅のお供に持ってきて、読み始めた。 あんまり語れるほどわかってないけど、昔の村上春樹さん世界だな〜と感じる。意味がわからない状況がいっぱい。笑笑
S@YunhO3232025年10月20日読み終わった久々に春樹さんのお話を読んだ。 内容的に女性として読み進めるのが少し辛かったが、ずっと気になっていたお話だったのでなんとか読了した。 想像してた話では無かったが、読み応えはあった。


敗荷@sibue_fjodor_2025年9月3日読み終わった中間的なものが存在しないところには、中間というものもまた存在しない。国境の南には「たぶん」は存在するかもしれない。でも太陽の西には「たぶん」は存在しないのだ。……そしておそらく今度は、僕が誰かのために幻想を紡ぎだしていかなくてはならないのだろう。























































