
八玖
@rock5104
2026年3月30日
怪談小説という名の小説怪談
澤村伊智
読み終わった
作者が好きなので購入。
小説ならではの企みに満ちた大どんでん返し……ということだったので叙述トリックに重きをおいた作品を集めてあるのかなと思っていたが、それだけに留まらない技巧が凝らされたものが多く、満足度の高い短編集だった。中でも最初に収録された「高速怪談」と最後に収録された「怪談怪談」は仕掛けが明らかになることで恐怖がぐっと高まる構造になっており、特に面白かった。また、いわゆる叙述トリックを用いてある作品では「触れられていない」ことが仕掛けになるのではなくあくまで「明示されていない」だけであり、違和感を覚えるフックのような描写も見受けられる点が作者の手腕の高さを感じさせた。
以下、各話の簡単な感想。
「高速怪談」
限界まで高まった緊張が緩和され呆気ない種明かしに和んだ終盤に真の恐怖を突きつけられるという構造が素晴らしかった。映像ではなく文字だけの表現でありながら、女の死に顔がありありと浮かんでくるのが怖い。むしろ具体的な映像が示されていない分、頭の中で最も恐ろしい想像をしてしまっている気がする。個人的にはヒトコワと見せかけてきっちり心霊オチにしてもらえたのも嬉しい。ヒトコワ自体は好きだが心霊と見せかけてオチは食傷気味なので……。
「笛を吹く家」
手垢のついたとまではいわないがよくある話と感じた。「子どもが消える家」って自認が子ども、もしくは周囲から子どもとして扱われてるのなら対象になるのだろうか。心霊現象を利己的に利用する人間という構造自体は好き。
「苦々陀の仮面」
スタッフ達を祟り殺した死者は吉住本人か、母親か、あるいは他の何かかという答えが出ない終わり方は好み。苦々陀処は無間地獄みたいな地獄だろうか、無間地獄の鬼も多眼らしいし。初耳だったのでククノチ神について調べたが、特に本作にリンクした逸話や属性も無かったし、繋がりは語感だけ?何でも勘ぐりたがる外野の書き込みの表現というだけかな。
「こうとげい」
理不尽さ、不気味さでは断トツ。よもつへぐいかな?と思った描写もあったが、別にそのような法則がある存在でもないらしく、とにかく“気まぐれ”で弄ばれながらもそこで生きるしかない人間の無力さが表れている。標的になるまいと必死な人々の描写により、由来すら明らかにならない超常的存在への恐怖が際立つし、間一髪逃げられたと見せかけて……というオチの味わいも深まる。中でも印象的だったのが、外から来た人間が因習に染まってしまうという構造。よくあるパターンだと因習を破壊するか、犠牲になるかのどちらかだが、「生き残るために迎合して犠牲者を差し出すようになる」というのが新しく感じた。一見周囲から浮いて見える高級ホテルが、超常的存在への畏怖を共有することで集落に馴染んでいるというのも皮肉で面白かった。
「うらみせんせい」
こちらもまぁありがち。教師に対する学生の嫌な感じがリアルだった。
「涸れ井戸の声」
いわゆる「牛の首」モノだが、人間に探られる前に怪異の方から近づいてきている感じがするのが怖い。「高速怪談」と同じく、こちらもまた具体的な描写がないせいで「井戸の底から聞こえてきたら怖いものって何だろう……」と想像させられてしまうのが嫌だ。涸れ井戸の声を読んだ作家が発狂するでもなく淡々と筆を折っているのも不気味。その件に関する文章を後輩作家に受け継いでいるのも不可解だが、彼女に涸れ井戸の声を教えた人間と同じく、読了後には他者に存在を広めてしまうようになるのだろうか。内容とは直接関係ないが、岩井志麻子先生っぽい人が出てきて嬉しかった。
「怪談怪談」
全編の中で一番怖かった。心霊現象かと思われた出来事にいったん説明がついたと思った途端にすべての前提が覆され、小説だからこそ隠されていた真相に驚くと同時にぞっとした。途中で視点主が質問を禁じられてるのも上手い。普通ならレコーダーから聞こえてくる声が全部一緒だったら絶対問い質すだろうから。訪れなかった未来を生き続ける死者たち、死者の器になった霊能者、それらを見守ることしかできない人間。起こっていることは恐ろしい一方で、非常に切ない。想像することしか出来ないが、滝が付け加えようとしていたのは、「怖い話を誰かに語ることで自分の負の感情を誰かに分かってもらいたい、分け合いたい」というようなことだろうか。滝の語りを遮る形で発された最後の台詞を読んだ時には、胸が締め付けられる心地になった。

