
ピエ
@pie_202
2026年2月20日

ブエノスアイレス食堂
カルロス・バルマセーダ,
柳原孝敦
読み終わった
面白かった…! これまで読んだスペイン語文学の中で5本の指に入るほどに好きかもしれない。
表紙は親しみやすそうなレストランの写真に『ブエノスアイレス食堂』のタイトル、小粋なビストロにまつわる物語であることは想像に難くない。しかし小さく書かれた原題は"Manual Del Caníbal"―「食人者の指南書」、この本はカニバリズムを描いたノワールでもあるのだ。
ただ、物語が猟奇的な方向に動き始めるのはラストにかけての3分の1ほどで、私はむしろ先に来る年代記的な部分が気に入った。
ブエノスアイレス食堂の開店前夜から主人公のセサルが生まれるまでの時間の流れを、短い章ごとに繰り返す構成が面白い。各章にテーマがあり、それに沿って数十年の流れが記述される。事実がミルフィーユのように重なり、物語が徐々に堆積してゆく感覚が新鮮だった。
食堂を継承していくイタリア移民たちの描写に、彼らを取り巻く政治や社会情勢が巧みに織り込まれており、20世紀アルゼンチンを描いた時代小説としても興味深く読んだ。
カニバリズムの描写はかなりシンプルであり、グロを期待して読むと拍子抜けするだろう。
恐怖を煽るような描写はない。過剰な暴力や血肉の生々しさを強調する表現もない。牛や豚と同様に解体され、それまでに出てきた他の料理と変わらず、工程が簡潔かつ整然と描かれる。
これまでのレシピの淡々とした描写は、食人においても同じ冷静さで記述し続けるために用意されていたのでは、と思わせる。
読み終えた直後は、割とあっさりした話だったな…という感想を持った。しかしラストをよく思い返してみると、この物語はまだ終わっていないのでは、という気がしてきてぞっとした。ブエノスアイレス食堂の秘伝「南海の料理指南書」はセサルと共に失われたが、セサルが心血注いで書き残したレシピ、おそらくは「食人者の指南書」であろうそのレシピは、まだ食堂に残されたままなのでは…そして次にブエノスアイレス食堂を受け継ぐ料理人が、そこで見つけるのは…ブエノスアイレス食堂の新たな秘伝となる指南書は…


