
DN/HP
@DN_HP
2026年4月1日
ポロポロ
田中小実昌
「小実昌自身、微妙な拒絶反応がありながらも、心のなかでポロポロを理解してたんだろう。いや、それは”理解”なんてもんじゃない。”直観”、ベルグソン流の“直観”による認識方法だろう。これは『ポロポロ』や『イザベラね』なんかを読んでもらえばわかることだけど、彼の小説が、言葉を疑っているような、物語ることを拒むような奇妙な言いまわしの文体にならざるを得ないのも、かつて父親のポロポロを前にして深く傷ついた、と同時に深く”直観”した彼の体験に遠く起因するのではないか。
『いま書いてるのなんかヒドイよ。もう、なんにもないよ。もう、ワタシャ、どんどん売れなくなって…』この田中小実昌の呟きの、書いてる”って部分を祈ってる”と置き換えてみていただきたい。
タナカ・コミマサは、要するにポロポロなのだ。曖昧な言葉で物事をゴマカスのが嫌なのだ。もつと内奥から突きあげてくる言葉にならない言葉でストイックに伝達したいのだ。でなければ、どうやって戦争体験など表現できようか。
戦後、実にさまざまな職業に首を突っ込み、そして30年以上たってやっと『ポロポロ』が書けたのも、言葉にならない言葉がポロッと湧き起ってくるのを待っていたからなのだろう。こんなにマジメなニンゲン、見たことがない。」
—BRUTUS 1983 2/15 〈ブルータス流読書指南〉
伊藤精介 Mini Biography 23



