ポロポロ
27件の記録
DN/HP@DN_HP2026年4月10日40年以上前の雑誌の記事に触発されて田中小実昌さんの『ポロポロ』を読み直している。これは何年も前の、初対面の方との会話のなかで教えて貰った一冊。 最初に収録されている表題作の「ポロポロ」は多分読むの三回目だけれど、やっぱりまだよくわからなかった。わからないことは悪いことではないし、そのわからなさを大切にしたいとも思うけれど、この小説はもう少しわかりたいんだよな、などと思った後に読んだニ編目の「北川はぼくに」が素晴らしかった。これも前に一度は読んでいるはずだけれど、今回でわかった気がする。 いや、まあ、わからないと思うところもあるけれど、完全にわからないわけじゃないし、もう少しで「わかる」に手が届きそうな気がするというか、みたいな絶妙な揺らぎに気持ちよく漂っているのかもしれない。それでもこの一編がわたしにとっての傑作だということはわかった、はず。寝る前に良い小説が読めたからその日もOKになった。 翌日以降に読んだ「北川はぼくに」から続く五編は田中さんの戦争体験を書いたもので、そこでは裏表紙の作品紹介にあるように、たしかに「物語化を拒否」(という言葉ではないにせよ)している印象があった。では、その「物語化を拒否」するとはどういうことで、どんな意味があるのか。もまだわかっていないけれど、考えながらこんな文章を書いてみている。 「あのころは、戦争に負けたことへのくやしさ、なさけなさといったものは、上級の兵隊と初年兵とではうんとちがってたはずだが、当時の初年兵に、今たずねたら、上級の兵隊だった者と、あまりかわらないことを言うのではないか。それにぶつかったとき、自分が感じたこと、おもったことが、だんだんにかたちを変えて、つまりは、世間の規格どおりみたいになるのだろう。これはふしぎなことだが、世間ではあまりふしぎにはおもってないようだ。ま、そんなふうだから、こんなことにもなるのか。」 「北川はぼくに」のなかにある一文。ここにも「物語化を拒否」する理由がある気がしている。田中さんのいう「物語」とはときの為政者によって書かれる歴史や、かれらが世間に求め誘導しようとする規格(というには誰かが作るものだ)——わたしの言葉で言うなら「大きな物語」——なのではないか。そこでは「自分が感じたこと、おもったこと」が「物語」「世間の規格」に飲み込まれ沈んでいき見えなくなってしまう。それはつまりは、「物語」を書くものの思う通りにコントロールされてしまうということだ。「そんなふうだから、こんなことにもなる」のを拒否するために「物語化を拒否」する。そんな風に思える。 「あのとき、北川がぼくにはなした、そのことがすべてなのに、ぼくは、その内容を物語にした。」 「しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、もう物語がはじまってしまう」(「大尾のこと」) という田中さんは、更に自らの記憶の当時の印象も、「今」にして思うことも書きかけては否定し、「事実」という言葉で語ることも疑いながら自らの体験した戦争を小説というかたちで記録していく。そこでみたこと聞いたこと、出会った人物、起こったことも「自分の規格」に当てはめた「物語」として書くことを拒否する。そうやって書くことはきっと難しく、読み取るのも(少なくともわたしには)難しい。それでも、自分の記憶にも「事実」にも誠実に真摯に向き合って書かれた小説は独特でいて、たしかに素晴らしい。それはわかる。わかりたい。 「なにかをおもいかえし、記録しよう」とするように書かれる私小説のようなものとは別に、既に歴史書かれてしまったり、「世間の規格」、「大きな物語」に飲み込まれみえなくなってしまった見知らぬ誰かの「自分が感じたこと、おもったこと」を想像力という柄杓で大切に掬い上げるように書かれるフィクションというものもある。それはもしかしたら田中さんのいうところの「物語化」で、「自分の規格」に合わせるような行為なのかもしれないけれど、それでも、それらのフィクション、想像力を使って書かれる小説は「(大きな)物語化を拒否する」ものであり、小説のあるべき姿のひとつだと思っている。 などと思うままに書いてみると、またわからなさが募ってきているから、脈絡を無視して文章を終わらそうとしてみるけれど、この「物語化を拒否」する小説たちを、わたしは戦争を拒否する「反戦小説」として「平和憲法を守るための緊急アクション」が行われた夜に読んでいた。「そんなふうだから、こんなことにもなる」のに抗うためにも。間違っていない気はしている。




DN/HP@DN_HP2026年4月5日通して読み終わって、これはそういう試み(物語化を拒否する)か、と思ったことが改めてみた裏表紙にちゃんと書いてあった。小説としてもとても良かったけれど、その書き方、試みも凄いと思った。そこを意識しながらもう一回読んでみようと思っている。 既に大きく世間的な物語化がされてしまっている戦争に対して、それを体験した(させられた)個人が、その視線で個人的に、そこにたしかにあった個人を描く。「物語化を拒否」しながら抗うように書き残す。その「抵抗」の試みは実に小説的だな、と思う。







DN/HP@DN_HP2026年4月3日最初に収録されている表題作の「ポロポロ」は多分読むの3回目だけれど、やっぱりまだよくわからなかった。わからないことは、悪いことではないし、そのわからなさを大切にしたいとも思うけれど、この小説はもう少しわかりたいんだよな、などと思った後に読んだ2編目の「北川はぼくに」が素晴らしかった。これも前に一度は読んでいるはずだけれど、今回でわかった気がする。いや、まあ、わからないと思うところもあるけれど、完全にわからないわけじゃないし、もう少しで「わかる」に手が届きそうな気がするというか、みたいな絶妙な揺らぎに気持ちよく酔っているのかもしれない。それでもこの一編がわたしにとっての傑作だということはわかった、はず。寝る前に良い小説が読めたから今日もOKになった。 「夢や幻想ではなく、事実だもの。しかし、事実だからこそ、事実そんなことがおこっただけというのはわるいし、そういう言いかたには、なにかゴマカシがありそうだが、事実、そんなことがおこったのだ。」




DN/HP@DN_HP2026年4月1日「小実昌自身、微妙な拒絶反応がありながらも、心のなかでポロポロを理解してたんだろう。いや、それは”理解”なんてもんじゃない。”直観”、ベルグソン流の“直観”による認識方法だろう。これは『ポロポロ』や『イザベラね』なんかを読んでもらえばわかることだけど、彼の小説が、言葉を疑っているような、物語ることを拒むような奇妙な言いまわしの文体にならざるを得ないのも、かつて父親のポロポロを前にして深く傷ついた、と同時に深く”直観”した彼の体験に遠く起因するのではないか。 『いま書いてるのなんかヒドイよ。もう、なんにもないよ。もう、ワタシャ、どんどん売れなくなって…』この田中小実昌の呟きの、書いてる”って部分を祈ってる”と置き換えてみていただきたい。 タナカ・コミマサは、要するにポロポロなのだ。曖昧な言葉で物事をゴマカスのが嫌なのだ。もつと内奥から突きあげてくる言葉にならない言葉でストイックに伝達したいのだ。でなければ、どうやって戦争体験など表現できようか。 戦後、実にさまざまな職業に首を突っ込み、そして30年以上たってやっと『ポロポロ』が書けたのも、言葉にならない言葉がポロッと湧き起ってくるのを待っていたからなのだろう。こんなにマジメなニンゲン、見たことがない。」 —BRUTUS 1983 2/15 〈ブルータス流読書指南〉 伊藤精介 Mini Biography 23



ホリモト@wheretheois2025年4月17日読み終わった「寝台の穴」と「大尾のこと」すさまじかった。 物語にするな、といいながら、語ることは物語をすることになると葛藤するこみさん。 あったことをあるがままに語ることは不可能であるが、その不可能に地団駄を踏むことを諦めない作家の姿勢のなんたること、と思った。





ホリモト@wheretheois2025年2月25日読んでる私の父は呉の出身で、私も子どもの頃から呉が大好きだった。 あの坂の街のどこかにこみさんのお父さんの教会があったんだ、と思う。もう私には呉は記憶の中だけの街だけど、その記憶の街に奥行きが加えられてゆく。

ぜち@zechl232025年2月20日読んでる時間が少しおまけがあったので、コミさんにうつる。そんなふうなお話だとわかって読む、予期して読むのは生の実感がないだろうか「そのことがすべてなのに、ぼくは、その内容を物語にした。」う、と、いたむような、じんじんとするような気持ち。



























