
ジクロロ
@jirowcrew
2026年4月2日
行間を読む、行間に書く
カルロ・ギンズブルグ,
上村忠男
読んでる
わたしの場合には、全体について(作品についてであれ歴史的なコンテクストについてであれ)知らないでいるということは、研究に取りかかる最初の時点で立てられる想定ではなく、一個のまぎれもない現実なのである。言い換えるなら、わたしは多くの場合偶然に見つかった細部から出発する。そして手探りで闇の中を、期待がもてそうにおもわれる小径をたどりながら、一歩また一歩と進んでいく。これこそは、わたしが読者と分かち合うことに努めてきた、人を夢中にさせる経験にほかならない。
(『序』)
「行間」が文字通りの意味ではなく、概念または隠喩である予感。
「人を夢中にさせる経験」、これを
constellate(『河合隼雄の最終講義』)だと心得て。
曼荼羅をかきわけてゆく手。





