あざらしシンイチ "はじめての動物倫理学" 2026年4月2日

はじめての動物倫理学
Audibleで聴いた。本書は動物倫理学の概説書的な新書であるが、動物倫理の観点から現実社会に存在する個別の問題を詳述しあるべき指針を示すというよりは、むしろその思想的・哲学的な源流と基本原理を詳しく説明している。特に3章でショッキングな描写はありつつも、積極的にヴィーガニズムを推し進めようとしているというわけではなく、押しつけがましい態度はとっていない (あくまでも倫理学的に一貫した立場をとるのであれば、こうする必要がある、という話をしている) ので、アンチヴィーガニズムの立場の人だとしても読む価値はあると思う。そもそも動物倫理学はもはや倫理学の概論的な大学の講義でも一つのトピックとして扱われるほどに正当なものなので。 紙幅の問題もあるのか、若干論理の飛躍と言うか、暗黙に置かれている仮定がいくつかあるように感じるものの、首尾一貫した形で「徳の高い」生き方はこういうものであろうというのはわからなくはない。なお、本書内でも何度か言及されているが、本書が示すような倫理学的な態度はあくまでも長期における指針、目指していくべき社会や態度のあり方を論じているものであって、今日すぐにそこに到達できるようなものではない。例えば、いまの社会の生産能力や技術水準をもってすれば、肉食なしにも人間が (おそらく健康的に) 生きていくことは可能であろうが、じゃあ明日からそういう風にしようというのは無理な話だろう。それは多数の餓死者や失業者を生み出すような政策であり、常識的に考えても、またおそらく突き詰めて倫理学的に考えても許されることではないはずだ。(もちろん帰結主義的な立場をとる私からすると、屠殺される動物の命と人間の命にどう重みづけるかがここでは問題になるだろうが、そこに関するフォーマルな議論は聞き流した限りではなかったように思う) すなわち、究極的な指針とそれを目指すための移行過程の実践は区別されるべきものであり、なおかつ後者はより困難な問題であろうと思う。 とはいえ、前者の究極的な指針、すなわち、動物倫理学の確立には哲学・思想上の歴史では容易なものではなかったようである。本書ではまず、伝統的な倫理学における功利主義、義務論、徳倫理を概観する。そして、伝統的な動物観の元では、動物が明確に人間とは区別され、今日における動物倫理学が応用倫理学として確立するには至らなかったことを示す。しかし、ピーター・シンガーが『動物の解放』において功利主義的な原則を動物にも当てはめることを主張し、多くの人が (科学の進展や西欧世界における物質的な充足も相まって) それに共感し、今日的な動物倫理学や動物福祉の活動が始まった。その後、功利主義的な立場の限界を認識し、トム・レーガンが義務論に立脚した「動物の権利」の概念を確立し、現代的な動物倫理学が明確に確立した。食肉産業における大規模・高密度な家畜の飼育方法 (Concentrated Animal Feeding Operation; CAFO) の残虐性を考えると、少し肉を食べる気が失せてくる。残念ながら本書を読む前も読んだ後も、倫理的に一貫した生き方をしているのはヴィーガンやベジタリアンであろうという認識はありつつも、私自身は肉食をやめるつもりはないのだが、それでも肉を食べているときにしばらくちらついてくるだろうと思う。 ここまでが2章であり、3章ではそれまでで導き出してきた動物倫理学的な原則を具体的な例、環境問題・倫理問題としての肉食、動物実験、動物園と水族館、狩猟、駆除、エンターテインメント、ペット、動物性愛などに当てはめていく。3章以外は概ね哲学的な議論を展開するのみで、あまり具体的な例を使って動物たちがおかれている凄惨な状況を描写してはいないが、3章はなかなかにショッキングな描写が続くため閲覧注意である。品種改良されたブロイダー (食肉用の鶏) の実情はどこかで見たことがあり、知っていたはずだが、それでも少し気分が悪くなった。 4章では、動物倫理学が1960年代以降になるまで確立されなかった原因である、種差別や人間中心主義の問題をキリスト教西欧圏の文化的思想を紐解くことで示している。5章では環境倫理学とエコロジー思想との関連を述べ、最後に6章でエコロジー思想の限界を超えるヒントをマルクスの思想に見出す。すなわち、ディープエコロジーは全世界の人口を1億人以下にするような非現実的な理想論を唱えているわけだが、現実社会は政治や経済、社会制度に基礎づけられているため、こうした現実を反映しない限り、理想とする社会を実現することなどできないからだ。マルクスは経済と社会の関係を統一的に捉える枠組みを提供してくれるため、彼の理論体系を拡張することで、望ましい社会を実現できないかを探っている。
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