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あざらしシンイチ
あざらしシンイチ
あざらしシンイチ
@reads0106
社会科学系の大学院生。評論や専門書を主に読みます。最近ミステリー小説も読み始めました。ハリーポッター原著通読中。
  • 2026年5月6日
    シオニズム
    シオニズム
    Audibleで聴いたが、理解し切れていない箇所も多いので紙で読み返したい。シオニズムやイスラエルの東欧的起源に目を配っているのが印象的だった。
  • 2026年4月29日
    フェミニズムってなんですか?
    Audibleで聴いた。第三波、四波フェミニズムについて知らないことが多かったので勉強になった。読みやすい。
  • 2026年4月22日
    世界史の中のパレスチナ問題
    ダニエル・ソカッチの本が難しかったので、日本語で書かれたものならどうだろうとAudibleで半分くらい聞いた。印象に残ったエピソードはあったし、ソカッチのものよりも通史的な側面が強く、勉強にはなるのだが、いかんせん頭に入ってこない。紙の本で読もうと思い、一旦閉じた。
  • 2026年4月22日
    イスラエル 人類史上最もやっかいな問題
    イスラエル 人類史上最もやっかいな問題
    増補新版が出ていてそのうち図書館に入るだろうから、その前にざっくりと聴いておこうと1/3くらいAudibleで聴いたが、ちょっと難しかった。3倍速なのがさすがにいけないか...紙の本だと主要な人物の似顔絵?的なイラストがあるので、それを見ながらの方が頭に入ってくると思う。今度再挑戦する。
  • 2026年4月22日
    なるほどそうだったのか! ハマスとガザ戦争
    Audibleで中東の歴史の本を聴こうと何冊か聴いてみて、あまりにも具体的かつ詳細で全然頭に入ってこなかったので、こちらの手に取りやすそうなものから聴いた。非常にわかりやすく、ざっくりとした理解を得るならかなりよい。
  • 2026年4月13日
    イン・ザ・メガチャーチ
    Audibleで聴いた。途中の娘と、最後の父親の話が一番エグい。
  • 2026年4月10日
    ジョジョの奇妙な冒険 第8部 ジョジョリオン カラー版 27
    今日で一気読みした。なんかすげースケール感の話で、最初の方はカロリー高くて読むの遅くなってたけど、後半に向けて加速した感じ。これまでのジョジョと結構違う異質な話だけど面白かった。
  • 2026年4月9日
    ジェンダー史10講
    ずっと前に紙で購入して積んでいたが、今回Audibleで聴いた。そこまで期待していなかったがなかなか蒙が啓かれる経験だった。抽象的に認識していたことがいくつか具体例を伴って紹介されており非常に興味深い。特に、マルクス主義的な歴史学において、近代化が女性の解放に繋がったという発展史・進歩史観が一般的だったのに対し、実証的な歴史学は必ずしもそうではないことを明らかにしたなど、単にジェンダーの観点から歴史を見てみたというよりは、ジェンダー史"学"の貢献をそれまでの歴史学と対照する形で紹介している部分が良い。
  • 2026年4月8日
    Free and Equal
    Free and Equal
  • 2026年4月3日
    トランスジェンダーの生活史
    当事者の語りは探せばネット上で見られるものかもしれないが、複数人の生活史の形でまとまって読めるのが嬉しい。 当然だが一口にトランスジェンダーといっても、個人個人が経験してきたことや捉え方、価値観は異なる。人間数人いれば多様性が生まれるのが自然なのか、性別越境に至るまでの過程やそこにおける自己の解釈が本当に多様だった。 博士論文を書籍化したものなので、少々硬い箇所もあったものの、200p程度と短く、全体的に読みやすい。特に女装者に関する章は興味深く、パートタイム/フルタイムの性別越境という概念は新鮮だった。人によっては、そして所属する社会やコミュニティ、家庭によってはフルタイムの完全な性別移行が難しいことがあり得るのだから、"表"向きには割り当てられた性の規範に沿って生活しつつ、別のコミュニティでパートタイムの性別越境を行ない、過ごすことで折り合いをつける当事者もいるということだ。 トランスジェンダーをめぐる制度的背景や概念的フレームワークなど知らないこともいくつかあり、よい読書体験だった。 とてもセンシティブなトピックかもしれないが、逆に周りの人間の語りを聞きたい気持ちにもなった。
  • 2026年4月3日
    女ことばってなんなのかしら?
    Audibleで聴いた。女ことばから始めて日本と西欧の文化や言語、ジェンダー観についてさまざまに論じる。途中で紹介されていた松村栄子『僕はかぐや姫』が面白そうで買ってしまった。 最終的に日本の女ことば的語彙や表現よりも、西欧社会にも存在する女性的な言い回しこそがジェンダー格差を維持し続けている言語的原因だとしている。すなわち(一人称に関する男女間での語彙の数の差など、歴史的負の遺産はあれど)明治時代に生み出された女ことばそれ自体はもはや若年層の間で使われているようなものではなく、仮に使われていたとしても発言の意図を伝えることを妨げるものではないのに対し、"女性的な"婉曲表現こそが女性の意見を通すことの実質的な妨げになるということだ。
  • 2026年4月2日
    ケアを学ぶ人のために
    ケアを学ぶ人のために
    明日発売らしい。読みたい。編者の一人、熊谷晋一郎さんは脳性まひの障害を持ちながらも東大医学部を卒業し、小児科医と東大先端研での研究活動に従事しているという凄まじい人。
  • 2026年4月2日
    LGBTQ+ 性の多様性はなぜ生まれる?
    生物学的アプローチからLGBTQについて解説している(おそらく)稀有な本。文字が大きいし読みやすい文体だし100pちょっととコンパクトだし、その割にちゃんとしているのでとても良い。 生物学とジェンダーと聞くと、保守的な進化生物学者が男女二元論を訴えがちという偏見から身構える部分もあったが、全体を読めば(リベラルな観点からも)常識的なことを言っているように思う。 何やかんやでジェンダー論の教科書を読んだことがないので、社会学の教科書で本当に生物学的な説明をしていないのかは知らないが、これまで読んできたなかではシス男女の性差に関するモザイク脳仮説の本以外で自然科学的な本を見たことがなかったのでとても学びになった。 著者は魚類の生理学の専門家なので、(隣接的)雌雄同体の魚の紹介から始まる。ヒトの脳の専門家ではないものの、おそらく標準的な理解である心=脳の性(身体の性=【遺伝的性(性染色体のXX/XY)や生殖腺・生殖器官の有無】とは区別される)は胎児の時点で決まり、その後原則としてヒトにおいてはひっくり返ることはないとする。そして脳の性の構成要素がジェンダーアイデンティティと性的指向、そして性周期(生理の周期を司るシステム)に分けられ、多くの場合はこれらがシスヘテロ男女と一貫した形で決定するものの、胎児期のホルモンの分泌や遺伝子の影響など(完全に解明されてはいないようだ)によって、トランス/ホモセクシュアルな脳の性が実現することがあると整理している。 これはジェンダーアイデンティティが発達や年を経ていくにつれて変わることと矛盾するようにも思うかもしれないが、(勝手な理解では)主観的に自分をどう捉えるかが社会経験や知識によって変わったり、あとは魚の場合は脳の神経回路をそもそもオスメスどちらももっていて、それが切り替わることでタイミングによって雌雄が変化するケースがあるので、人によっては途中で切り替わりや併存的な状況が生まれるのではないかとしている。つまり、原則として神経回路および脳の性は胎児期に完全に決定するが、そもそも神経回路が2つある(どういう状況かはよくわからないが)だとか、ノンバイナリーな回路だったりだとかの場合には途中で性的自認が変化するのではないかということだ。 この神経回路は後天的に変わらないという仮定がヒトのケースで実際に当てはまるかはやや論争的な箇所で、出生以降の影響も指摘されている (というかそもそもどの神経細胞?が脳の性を決めているのか明らかになっていないと思われる)ので少し言い切りすぎかもしれない。 神経科学や脳科学、生物学は別にすべてを明らかにしているわけではないので、これはあくまでも生理学をやっている著者にとっての標準的な考えであるとは思うが、まあこのように理解しても差し支えないと感じた。また生物学的二元論というのは、定義が人によって異なるわけだが、(保守的な価値観の人にとって)一般には性染色体や生殖関連の機能に基づいて"客観的に"定められているとされる。しかし、実際には脳の性まで踏まえれば二元論は必ずしも正しくない。もちろん生物学では(ヒトの)性別二元論は標準的な姿勢なのだと思うが、これは生物学が統計的な学問であり、あくまでも平均に基づいてマジョリティを対象としているからだということを著者は述べている。 またジェンダーロールをどのように引き受けるか、引き受けないか、(脳や能力、性格の)男性性や女性性も多数のバイナリー変数の組み合わせにすぎないと見ることもできるため、その意味でも二元論的な分け方を社会構造に埋め込むことの是非は問われるべきであろうと思う。 なお、時たま社会学を腐すような発言がないでもなく(悪気はなさそうなので被害妄想かもしれない)、また文献紹介で評価している引用から見るに、構造的差別という問題意識があまりないようにも見えるため、ジェンダー論に詳しいとそこが気になるかもしれない。(まあ、過激な活動が正義を押し付けてもマジョリティ側から反発を食らうだけだというリアリズムなのかもしれないが...) また性はグラデーションやスペクトラムということには批判的で、そうではなくモザイクだということを重視している。これはいくつかの変数をどのように並べるかや、スペクトラム、グラデーションという定義の仕方次第で整合的に解釈できるはずなので、余計といえば余計。厳密さを求める科学者の態度といえばそうかもしれないが、途中で何度か挟まるので気になる人は気になるかも。最後まで読めばこの意味は明確になるし、全体として良い本なので気になっても我慢して読み通す価値がある。
  • 2026年4月2日
    はじめての動物倫理学
    Audibleで聴いた。本書は動物倫理学の概説書的な新書であるが、動物倫理の観点から現実社会に存在する個別の問題を詳述しあるべき指針を示すというよりは、むしろその思想的・哲学的な源流と基本原理を詳しく説明している。特に3章でショッキングな描写はありつつも、積極的にヴィーガニズムを推し進めようとしているというわけではなく、押しつけがましい態度はとっていない (あくまでも倫理学的に一貫した立場をとるのであれば、こうする必要がある、という話をしている) ので、アンチヴィーガニズムの立場の人だとしても読む価値はあると思う。そもそも動物倫理学はもはや倫理学の概論的な大学の講義でも一つのトピックとして扱われるほどに正当なものなので。 紙幅の問題もあるのか、若干論理の飛躍と言うか、暗黙に置かれている仮定がいくつかあるように感じるものの、首尾一貫した形で「徳の高い」生き方はこういうものであろうというのはわからなくはない。なお、本書内でも何度か言及されているが、本書が示すような倫理学的な態度はあくまでも長期における指針、目指していくべき社会や態度のあり方を論じているものであって、今日すぐにそこに到達できるようなものではない。例えば、いまの社会の生産能力や技術水準をもってすれば、肉食なしにも人間が (おそらく健康的に) 生きていくことは可能であろうが、じゃあ明日からそういう風にしようというのは無理な話だろう。それは多数の餓死者や失業者を生み出すような政策であり、常識的に考えても、またおそらく突き詰めて倫理学的に考えても許されることではないはずだ。(もちろん帰結主義的な立場をとる私からすると、屠殺される動物の命と人間の命にどう重みづけるかがここでは問題になるだろうが、そこに関するフォーマルな議論は聞き流した限りではなかったように思う) すなわち、究極的な指針とそれを目指すための移行過程の実践は区別されるべきものであり、なおかつ後者はより困難な問題であろうと思う。 とはいえ、前者の究極的な指針、すなわち、動物倫理学の確立には哲学・思想上の歴史では容易なものではなかったようである。本書ではまず、伝統的な倫理学における功利主義、義務論、徳倫理を概観する。そして、伝統的な動物観の元では、動物が明確に人間とは区別され、今日における動物倫理学が応用倫理学として確立するには至らなかったことを示す。しかし、ピーター・シンガーが『動物の解放』において功利主義的な原則を動物にも当てはめることを主張し、多くの人が (科学の進展や西欧世界における物質的な充足も相まって) それに共感し、今日的な動物倫理学や動物福祉の活動が始まった。その後、功利主義的な立場の限界を認識し、トム・レーガンが義務論に立脚した「動物の権利」の概念を確立し、現代的な動物倫理学が明確に確立した。食肉産業における大規模・高密度な家畜の飼育方法 (Concentrated Animal Feeding Operation; CAFO) の残虐性を考えると、少し肉を食べる気が失せてくる。残念ながら本書を読む前も読んだ後も、倫理的に一貫した生き方をしているのはヴィーガンやベジタリアンであろうという認識はありつつも、私自身は肉食をやめるつもりはないのだが、それでも肉を食べているときにしばらくちらついてくるだろうと思う。 ここまでが2章であり、3章ではそれまでで導き出してきた動物倫理学的な原則を具体的な例、環境問題・倫理問題としての肉食、動物実験、動物園と水族館、狩猟、駆除、エンターテインメント、ペット、動物性愛などに当てはめていく。3章以外は概ね哲学的な議論を展開するのみで、あまり具体的な例を使って動物たちがおかれている凄惨な状況を描写してはいないが、3章はなかなかにショッキングな描写が続くため閲覧注意である。品種改良されたブロイダー (食肉用の鶏) の実情はどこかで見たことがあり、知っていたはずだが、それでも少し気分が悪くなった。 4章では、動物倫理学が1960年代以降になるまで確立されなかった原因である、種差別や人間中心主義の問題をキリスト教西欧圏の文化的思想を紐解くことで示している。5章では環境倫理学とエコロジー思想との関連を述べ、最後に6章でエコロジー思想の限界を超えるヒントをマルクスの思想に見出す。すなわち、ディープエコロジーは全世界の人口を1億人以下にするような非現実的な理想論を唱えているわけだが、現実社会は政治や経済、社会制度に基礎づけられているため、こうした現実を反映しない限り、理想とする社会を実現することなどできないからだ。マルクスは経済と社会の関係を統一的に捉える枠組みを提供してくれるため、彼の理論体系を拡張することで、望ましい社会を実現できないかを探っている。
  • 2026年3月31日
    LGBTの語られざるリアル
    LGBTの語られざるリアル
    聴き終わったが、これはさすがにひどい。酷いだろうとか思いながら聴き始めたが、ちょっと予想外の方向だった。専門家でもなんでもない人たちが、これまた専門的裏づけの怪しい言説をつまみ食いして、さらにそこから五段飛ばしくらいの結論を断定口調で語っているだけにしか聞こえなかった。ただのトランス嫌悪ではなく、普通に陰謀論である。 要するに著者らがやりたいのは、「ワシントン」だの「グローバリスト」だの「ディープステート」だのが、いわゆる“トランス問題”を先鋒にして日本の伝統や家族や社会を壊そうとしている、という陰謀論を語ることなのだろう。しかも、日本人の“おおらかな価値観”が邪魔だから狙われている、という話にまでなる。ここまでくると、議論というより妄想の披露である。 性別違和を抱える若年者に対して医療的介入をどこまで認めるべきか、あるいは一部に過剰・不適切な医療的誘導が本当に存在するのか、といった論点自体は慎重に検討されるべき重要な問題である。不可逆的な処置が関わるならなおさらで、その論点自体は真面目に扱われるべきだと思う。 しかし、本書は医学や実証研究に十分通じているとは思えない人物によって書かれており、同様の内容を論じたアビゲイル・シュライアーの書籍についても、すでに多くの学術的・医学的批判が存在する。もちろんシュライアーは反LGBTの活動家であろうし、批判者も推進派の活動家とみなすこともできる。どちらもそれなりのイデオロギーはあるという相対化は可能だ。そして私自身、この分野について確定的な判断を下せるほどの知識はないが、だからこそ、現時点ではどちらか一方に単純化して断定するのではなく、エビデンスの水準や限界を見極めながら慎重に議論するのがフェアだと思う。少なくとも、この本を読むことで問題の理解が深まるとは感じなかった。 しかも著者らは、トランスジェンダーについて語るだけの最低限の知識すら怪しい。性染色体は変えられないから身体的な性別移行は虚構だ、などという、あまりにも粗雑なことを平然と言う。さらには、トランスジェンダーは要するにストレス由来の“勘違い”で、その原因は伝統的家族の解体と親の愛情不足だ、という、かつての"自閉症"をめぐる言説を思わせるような話まで持ち出す。ここまでくると不正確とか雑とかいうより、単に有害だと思う。 一応留保らしきものを挟む場面はあるが、全体としてはトランスフォビア以外の何物でもない。慎重さが必要なテーマを、陰謀論と偏見と雑な一般化で塗りつぶした本、というのが率直な感想である。少なくとも、これを読んで何かを理解した気になるのは危険だと思った。
  • 2026年3月31日
    LGBTの語られざるリアル
    LGBTの語られざるリアル
    たまにはこういうのも聴いてみるかあと思ってAudibleで聴き始めたが、冒頭からぶっ飛ばしててすごい。 仮に言及されている事例が本当でかつ統計的にもそれなりの頻度で起こっているため何がしかの改善が必要だとしても、仮にそうだとしてもそのコメントが持つ前提は無条件で正当化できないぞというようなことばかり。 1章の最後に 大学院の授業で「歴史は存在しない」と主張する教授が居て、極左の人は客観的な歴史は存在せず、史実に基づいて考えなくてもいいと主張している、大学で学ぶ意味なんてないですね 的な件がある。歴史学専攻でない私でも教授側の言わんとすることが理解できるのだが、大丈夫そう?という気持ちになった。
  • 2026年3月31日
    トランスジェンダー入門
    トランスジェンダー入門
    Audibleで聴いた。基本的なことが多かったが、トランスジェンダーの自殺(未遂)率や鬱病率など、改めて問題の根深さがよくわかる。
  • 2026年3月29日
    アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち
    Audibleで聴いた。文字なしに音声だけで聴くのは難しめかもしれない。紙でもう一度読んでから感想をまとめたい気持ち。
  • 2026年3月29日
    検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
    最近ナチズムの話が会話の中で出てきたが、ナチスドイツのことよく知らないなと思い、Audibleで聴いてみた。基本的なところはこの本で十分押さえられると感じたので、かなりコスパの良い本だと思う。(一番知りたかったのはブロック経済と経済ナショナリズム的な政策なので、それはあんまり知れなかったが) そもそも「良いこともしたのか」は存在命題なので、厳密に検証することは難しい。岩波ブックレットの紙幅で行なうことは不可能で、このタイトルはあくまでレトリカルなものと捉えるのが妥当だろう。ナチスドイツが行なった一見すると「良い」とされる政策は「悪い」意図や思想と表裏一体であり、素朴にそれを見習えということの危険性を指摘している。 例えばナチスドイツの家族政策は優生学的な思想と表裏一体であり、優秀なアーリヤ民族の子を増やそうとしているだけで、他の"民族"や障害者はその恩恵にあずかれないどころか、断種させられたり虐殺されたりしているし、女性を家庭に閉じ込めようともしていた。もちろんこうした考え方や政策はおそらく同時代の他の国々でも見られたことだろうから、とりわけてナチスを悪とは見做せないなどと主張する人も居るのだろうが、少なくとも子育て支援を拡充しろと主張するためにナチスドイツを取り上げるのはあまりにもナイーブだし、如何に筋が悪いレトリックなのかはわかるだろう。
  • 2026年3月23日
    medium 霊媒探偵城塚翡翠
    本屋に積み置かれていた最新刊の帯でネタバレらしきものを食らってうわ〜って思いながら読んだけど、とってもおもしろかった。
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