
紫香楽
@sgrk
2026年4月2日
ウィキッド 上
グレゴリー・マグワイア,
市ノ瀬美麗
読み終わった
ウィキッドの映画を1/3くらい観たのでそれと合わせての感想。
映画はめちゃくちゃ分かりやすかったのだが、それを観て「日頃分かりやすすぎるものばかり見過ぎなのかもしれねえ」と思った。
原作も要するに悪人とされる人は悪いだけでなく、善人とされる人も善いだけではないということなんだけど、映画はめちゃくちゃ戯画化されている。まあこれだけ戯画化されてても読み取れない人は全然読み取れないんだと思うんだけども。
映画は冒頭でグリンダが「悪人とは元から悪人なのか、状況が人を悪にするのか」と語るのもテーマが本当にわかりやすい。
小説のエルファバは親に疎まれるし近所の子供たちにも怯えられるが、映画ほど分かりやすくあからさまな描写は少ない。
でも現実って大体そういう感じ(親は明らかにそうとは言い切れない世話自体はしてくれている毒親だったり、法的処分ができるほど分かりやすいいじめをする子供は少ない)で、要するに小説は「複雑さを伴う」という意味でリアルに描かれていたのだな〜、と改めて感じた。
映画は〈動物〉がエルファバの乳母や産婆にも出てくるのもいい。
映画はグリンダの傲慢さ(必要なのはエルファバの肌が変わることではなく、皆がエルファバの肌を「そういうもの」と気にしなくなることなのに、「肌の色を変えてあげる」ことを助けだと思っている)や、足の不自由なネッサローズを誰もが助けようとするが実際彼女は自分でやろうとしている(障害者への過剰な干渉、できないという決めつけ)などの描写が非常に分かりやすく描かれていると感じだが、どれだけ分かりやすく描こうと伝わらない人には伝わらないんだろうなとも思う。
この映画を観て新しく気づく人もいくらかはいるのかな。
めちゃくちゃ誇張してテーマはそのままに、再構成しつつ出来事などは小説と同じものもあるのだが、それらも小説より映画のほうが印象深く感じるのはやはり小説の描写や台詞回し、掛け合いが全然合わないからなんだろうなという感がある。
でも「分かりやすい」ことだけがいいことでもないよなあ、というのは映画を観て感じた。映画自体はとてもいいものだと思うので、映画のクオリティとはまた別の話として。

