脱兎 "ピュウ" 2026年4月2日

脱兎
脱兎
@lubudat
2026年4月2日
ピュウ
ピュウ
キャサリン・レイシー,
井上里
すごく静謐な雰囲気で、アメリカ南部の良心的でありながら閉鎖的な世界を描いているが、アメリカ(というか、作者にとっては)ここに出てくる人々は皆「なんとなく嫌なもの」なのかな?と思うとなんか落ち着かない気持ちになった。話さないピュウに本音を吐露するの本音も、告白される罪も、全然問題ないように感じてしまうのは日本人のわたしの「意識の低さ」なのだろうか。人間のコミュニティが自身を守ろうとするのがそんなに悪いことかな 他者への攻撃性などは現在以前に皆が持ちうるものではないのかな 生まれた時に他の可能性を押し除けてきた我々に、排他性がないはずはなく、「誰も傷つけない善」であり続けるのなんてすでにして無理なのよ キリストでさえ、ローマ人や異教徒にとっては脅威だったのよ 「あなたのためを思って」的な善意100%の害については確かに想像もできるし、わたし自身そういう善性に傷つけられることもあるけれど、だからと言ってそれを帯びている他者を貶める気持ちにはならないというか わたしの不愉快を彼らのせいにしたくないというか ピュウという存在が例えばもっと……例えば老人とか、そういうみっともないものだったらこの話しは成り立つのだろうかね? 美しい若者として描き出されるピュウである必要は、詩的な意味以上に何かあるのかね? 搾取されかねない人物である必要があったのか??
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