
阿久津隆
@akttkc
2026年3月19日

アブサロム、アブサロム 下 (講談社文芸文庫 フA 3)
ウィリアム・フォークナー
読んでる
サトペンが長く話しているようだ、それはおじいさんに向けて語られ、おじいさんは息子のコンプソン氏におそらく語り、コンプソン氏が今度は息子に語った話で、それを今は息子のクェンティンが、半裸で座るシュリーヴに向かって話している。サトペンは話を中断してとっ捕まえたフランス人建築家のもとに向かった。フランス人は捕まえられると、みんなに向かって長々と早口でフランス語でまくしたてて、その様子をおじいさんは、そして他のすべての者も、見事な話しぶりだ、それは弁解ではない何かだ、と感じた。サトペンが近づいてきても、フランス人の顔には「決して降伏しそうもない不屈な色」が浮かんだ、「ただ耐えようとする意志と敗北の覚悟があるだけで、打ちひしがれた様子は決してなかった」。サトペンが酒を差し出した。
p.65,66
彼は小さなよごれたあらい熊のような手で壜を受け取ると、もう一方の手を上にあげて、一瞬頭のあたりで手さぐりしたが、すぐ帽子をなくしたことを思い出し、すると、おじいさんの言葉を借りれば、なんとも説明しようのない身振りでその手を上に振りあげたが、それはまるで、人類がこれまでなめて来た不幸と敗北のすべてをその小さな指でごみのようにつまみあげて、頭のうしろに投げ捨てでもするように思えたそうだ。それから彼は壜を差しあげ、まずおじいさんに、それから馬に乗ったままぐるっと彼をかこんでその様子を見ていたほかの人たち全部にお辞儀をしてから、生のウィスキーを口にしたが、それは生まれて口にしたものであるばかりか、ちょうどバラモン僧が犬を食べるような事態が起こるとはどうしても信じられないのと同じように、そんなものを口にしようとは考えてもみなかったものだろう
僕はどうも、フォークナーの、パントマイム的な動きの場面に惹かれるみたい。